投稿者: howdi

  • 巴里見聞録(その71)

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    La Crêperie
    いやー、にぎやかなおみせですこと、空いているかな?と、思ったけど、お店のお兄さんに”三人です。”と、いったら、レジ横の四人席に通してくれました。まわりは、パリジャン、パリジェンヌばかり。もう、ペラペラとフランス語のうるさいこと。女子大生がお昼を食べながら情報交換するには、うってつけの店でした。
    そとのテラス席も、
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    うちのテーブル席も、
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    日差しが入って気持ちよく。
    ご注文は?と、きかれ、Jambonパン、チーズ&ハムのガレット、チーズ&ハム&卵のガレットとオランジーナ、シメのコーヒーそして白ワインを注文。さくさくと働くお兄さんが”D’acoord”と言ってくれて注文完了。
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    しばらくすると、きましたきました、Jambonとガレット二枚。これまで日本で食べてきたガレットって、なんだこれ?がおおかったのですが、ここの店のガレットは美味しゅうございました。わたしのガレットと娘のガレットでは焼き加減が違う気がしましたが、そんなの気にしません。かみさんが注文したJambonはパンが硬くてアゴが疲れたそうです。
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    我々のテーブルの隣には、学生風の男子二名と女子二名が密談中。反対側ではおじさん達二人がまわりの喧噪など気にせず、二人の世界で、ゆっくりランチ。その隣は、お一人様のお姉さんがスマホをみながらランチ。言葉では何を言っているのかわからないけど、けっこう、皆さん、ランチを楽しんでいる様子でした。
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    もしかして、ガレットって、日本のそばやさん感覚なのではないですかね?ガレットは、けっこう短い時間で焼き上がるから食べる時間も短くて済むし、ガレット屋に長居する人はいないのかもしれません。この店もお客さんの回転が速かった気がします。だからかな、店のど真ん中で、食器洗い専任のお姉さんがドーンと鎮座していて、食器を洗ったり、コーヒーの準備をしていたりでしたもの。おっと、ここも、トイレは地下でした。
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    最後に、CAFÉS RICHARDのコーヒーをいただき、昼食もC’est fini.この界隈で、お土産を探すことにしました。

  • 巴里見聞録(その70)

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    Quai de la TouenelleRue du Cardinail Lemoineの交差点にTour d’Argent。ホテルにもみえました。中に入るとたかいんでしょうねと、おもいつつ。いつか、入店して得意の鴨料理をいただきたいものです。
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    私たちは、ここから、Panthéonをめざし、Rue du Cordinal Lemoineを上りました。まさに上り坂。なんか、東京湯島の聖堂前の坂といった感じ、昌平坂だったかな?Boulvard Saint-Germainを越えたあたりから、質より量の食堂など、学生街っぽい空気がただよい出してきました。ずーっと登り続け、Rue Jussieu, Rue des Écolesにわかれるところで、ひといき。
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    Rue du Cardinal Lemoineをもっともっと登り、École Sainte-Geneviêveの前、Rue Clovisに入って少しいったところでまた、Enceinte de Phillippe Augustusの城壁を発見。
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    ここにも”Panneau Histoire de Paris/Histoire de Pari”がありました。”La tour Barbeau “と書いてあります。
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    この先、右がSaint-Étienne-du Mont,左がLycée Henri-IVのRue Clovisでは、ちょうど、お昼やすみで学校からでてきた高校生の声がにぎやかでした。
    そのさき、Panthéon横を歩き、Panthéon正面広場に到着。ホロコーストで亡くなった人たちの説明パネルと、2017年、新たにPanthéonに合祀された女性政治家シモーヌ・ベイユの大きなポスターありました。シモーヌさんがユダヤ系でホロコーストからの生き残り組。まだまだ、ヨーロッパの生の歴史が目の前に広がっていました。かたや、お昼ごはんを広げる学生や高校生でPanthéon正面広場はいっぱい、ここは万国共通の光景。
    Panthéonそもののには入場せず、我々もそろそろ、御昼ごはんということで、面白そうなお店を探しました。結果、R.SoufflotとR.Saint-Jacquesの交差点にあったガレット屋さんLa Crêpetieに入りました。ここでの食事が、なかなか面白かったです。

  • 巴里見聞録(その69)

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    By David Monniaux – CC 表示-継承 3.0,
    再びRue-Saint-PaulからQuai des Célestinsに、そして、Pont Marieを渡り、Rue des Duex Portsを抜けました。このあたり、Berthillon なんとかとか、なんとかBerthillonという看板のお店を沢山みました。ベルティヨン?あら、家族経営でやっていらっしゃる有名なアイスクリーム屋さんだったんですね。暑ければ、たべたんだけどね。もう、その時期ではなく、残念。
    ■Berthillon Glacier
    29-31 Rue Saint-Louis en l’Île, 75004 Paris
    http://www.berthillon.fr
    でも、ラッキーもあり。Pont de la Tournelleを歩いている時に、何やら、日本人だけで商用撮影しているグループを発見。その中に自転車にまたがっている若い男子をみると、どうも妻夫木くんらしいのです。調べてみると、彼、このとき、パリで開催されていたジャパニスム2018協賛の演劇、野田秀樹演出 『贋作 桜の森の満開の下』 に出演したいた様子。ここにいてもおかしくないですね。何度もPont de la Tournelleの上を行ったり来たり、何回もテイクしていました。
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    Berthillonの近くのお店の前で面白い機械をみつけました。上の方に生オレンジがのせてあり、下の方に落として、砕き、生オレンジジュースを作るオレンジジュース生成マシン、SEMPA社製。でも、絞ったあとのオレンジの皮はどうするんですかね?どうも左右に分けて収容する様子。こんなマシンがあるんですね。動いているところをみてみたかったです。どおりで、どこのホテルでの新鮮なオレンジジュースがでるはずです。この機械で絞った絞りたてのオレンジジュースも飲んでみたかった。

  • 巴里見聞録(その68)

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    フィリップ オーグスティン二世の城壁跡のあったRue des Jardins Saint-Paulの隣の通、Rue Saint-Paul、この通りは時間がゆっくり流れているように感じましたは個性的なお店が多かったです。
    その中の一つ、Au Petit Bonhuer la Chanceに入りました。静かなお店です。でも、お客さんは私たちだけ。私たちだけで満員になる小さなお店。暇そうなお姉さんが一人でお店の番をしていました。けど、このお店の中は、本当におもしろいものでいっぱいでした。むかしのモノがいろいろありました。。手芸用の糸や、古い絵葉書、学校で使っていたであろう石墨、ブリキのおもちゃ、などなど。いくらみていても、時間が過ごせます。今時なので、SNS系のサイトで、いろんなコメントがあがっていますね。
    ・Yelp
    ・Pinterest
    どうして、こういうアンティークショップがやっていけるのか?不思議でならないです。全仏中に、この手のコレクターが多くいて、実は通販・Webサイトで潤っているのかしらと、思いました。
    Au Petit Bonheur la Chance
    13 rue Saint PAUL75004 PARIS
    Tél. : 01 42 74 36 38
    Mobile : 06 62 61 79 95

    こういう小さな静かなお店が生きていけるパリの懐の深さを感じました。
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  • 巴里見聞録(その67)

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    Quai des CélesteinからRue du Fauconnierに入り、Square Marie Trintignatに沿って歩き、小学校をみつけました。School Fauconnier校。この小学校の壁にも、«Liberté, Egalité, Franternité»と、かいてありました。まるで、実家の高校の講堂にかかっていた”文武両道”の額のように。こうやって、フランス人には、自由、平等、友愛の精神がすり込まれて行くんですね。小学校からは、元気な子供達の声が聞こえて来ます。子供はどこでも元気。
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    この隣が、Collège Charlemagne。ちょうど授業が終わった時だったので、Rue Charlemaneは高校生でいっぱい。
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    その先にAncien Gard Bojuinage de Parisと呼ばれている12世紀のパリの城壁跡Enceinte de Phillippe Augusteをみつけました。パリはこのような城壁に囲まれてきた街。この城壁を含み6つの城壁がパリに存在しているそうです。フランスの方はもっと詳しく知っているようですようです。
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    パリの歴史遺産には、このような”Panneau Histoire de Paris”という看板があるんですね。この看板、パリ市内に767本もあるそうです。1992年に 当時のJacques Chiracパリ市長が, JCDecaux社に設置を依頼。Starck オールとよばれているそうです。このオールのデザイナーがPhilippe Starckだからだそうです。

    Historie de Paris
    Enceinte de Philippe Auguste
    En 1190, avant son départ pour la troisième croisade, Philippe Auguste<1165-1223>demande aux habitants de contribuer à la sécurité de la ville par la construction d’une muraille d’environ 5 km, achevée vers 1210. Cette courtine, haute de dix mètres et couronnée d’un chemin de ronde crénelé, est percée d’une dizaine de portes.Bornée à l’ouest par la forteresse du Louvre, édifiée pour la protéger dans les premières années du XIIIe siècle, à l’est par la place de Grève, au nord par les Halles, et au sud par le bourg Saint-Geneviève, elle définit une capitale de 250 hectares : désormais, le palais, le trésor et les archives s’y trouvent fixés à demeure, même si le roi n’y réside pas toujours. Il s’agit de la première tentative d’union des trois quartiers parisiens : la « Cité », cœur religieux, administratif et judiciaire, la « Ville », pôle économique situé autour des ports de la rive droite, et « l’Université » naissante, rive gauche.
    パリの歴史
    フィリップ・オーギュストの城壁
    1190年、第三次十字軍に出発する前に、フィリップ・オーギュスト(1165-1223)は、住民に対し5キロメートルに渡る市の城壁を構築すること指示した。完成は1210年ころ。この城壁は、高さは約10メートル、上部に通行路があり、1ダースほどの門をもっていた。
    13世紀に同時期にたてられたルーブル砦が西端、 la place de Grèveが東端, les Hallesが北端, le bourg Saint-Genevièveが南端, 250ヘクタールの面積を囲んでいた : 爾来、宮殿、宝物、古文書が、既にその王が現在ここに住んでいないにもかかわらず、ここに保存されている。
    これは、パリ近郊の人々を統合したはじめての試みであった。 それは、« Cité »としての宗教, 行政 司法などの中心地域と、 « Ville »としての経済活動の主軸としてのセーヌ川右岸地域、« l’Université » として新たに生まれたセーヌ川左岸地域、である。
  • 巴里見聞録(その66)

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    ノートルダム大聖堂をでて、サン=ルイ島に向かってみることにしましたが、ちょっと、その前に、Rue du Cloître-N.D.>Rue Massillon>Rue Chanoinesse>Rue de la Colombe>Rue des Uirstins>Rue des Chantres> Rue Chanoisesse>Rue du Cloître-N.D.と巡り、中世のパリの街並みを味わいました。このあたり、道が狭く、曲がっていて、中世のときの様子そのまま、みたい。角から中世のパリ人が出てきそう。19世紀のパリ大改造の際、シテ当を中心にぎっしり立て込んでいた家が取り払われ、広場と市立病院や警察庁が作られたが、この大聖堂北側だけは、そのままの姿で残ったそうです。(出典:ガイドブックにないパリ案内 稲葉 宏爾 CCCメディアハウス)
    Pont St-Luois を渡っているとき、三人組のバンド、一人がアコーディオン担当、が、以下にもパリといったメロディーの曲を演奏していました。この橋の上から見えた景色も美しかったです。
    サン=ルイ島、静かで落ち着いた所でした。いいところですね。サン=ルイ島を東西に貫くメインストリートであるサン=ルイ・アン・リル/Rue Saint-Louis en l’île通りを歩きながら、お店を物色。ここは、個性が輝く、お店が沢山ありました。ここを紹介するTripAdvisorのページも面白いです。ここ界隈のホテルに泊まってゆっくりするのもありなんですかね?
    ■Amorino Saint Lois
    47 Rue Saint-Louis en l’Île, 75004 Paris
    もう少し暑ければ、美味しかったでしょう、アイスクリーム屋さん。
    ■L’Îlot Vache
    35 Rue Saint-Louis en l’Île, 75004 Paris
    プロヴァンス風料理がメニューに書いてあったけど、まだ、空いていなかったレストラン。
    ■Laguiole cutlery – Paris Ile Saint Louis
    33 bis Rue des Deux Ponts, 75004 Paris
    一本、2〜3万円するソムリエナイフをおいている金物屋さん。一本、お土産用に欲しいといったら、バカじゃない!?と、言われ、即却下。
    などなど。ぶらぶらしつつ、Rue des Deux Pontsに入り、Pont Marieを渡り、セルスタン通り/Quai des Célestins、セーヌ川右岸に進みました。

  • 巴里見聞録(その65)

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    ノートルダム寺院の前で、グルグルととぐろをまいた行列に、並びました。25年前、ここを訪れた時は並んだ記憶がございません。日が当たらない日陰は、けっこう、寒かったです。入場そのものは無料。聖堂の中をぐるっと周回する見学者のためのコースしか歩けず、こんなでしたかね?以前は、イスに座って、ミサを聴いていた気がするんですが。
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    南北双方のバラ窓、聖ステバノのポルタイユ、クロワートルのポルタイユ、ともに美しいでした。ただ、聖書の物語を知っていた方が理解が深いんでしょうね。洗礼を受けなさいとは言わないけど。
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    20ユーロを払って、ローソクをつけ、おまいりしてきました。みなさん、健康であらせますように、と。
    このときは、このノートルダム寺院にまたこれるものとおもっていました。先月の火災でそれも二度とできないこととおもうと、非常に深い悲しみを覚えます。
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    いつかまた、ふたたび、きれいな姿に戻って欲しいです。
    ※撮影:Rue de Chantres

  • 巴里見聞録(その64)

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    地下鉄Saint Germain Des Présの中で、スターウォーズのシネマコンサート開催ポスターを発見。
    ・帝国の逆襲
    ・ジェダイの生還
    フランス人もスターウォーズが好きなのですね。
    くしくも、今日は、5月4日。
    May the 4th be with you!

  • 巴里見聞録(その63)

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    最終日。今朝もホテルで朝食をいただきました。今朝は、これまでとは違うテーブル。もう、慣れたモノです。前夜からパッキングが進みません。けっこう、時間がかかりました。チェックアウトの時に、荷物をあずかってくれないか?ホテルのフロントに相談したところ、こちらもなれたもの、フロントの横にロッカールームがありました。この部屋ともお別れです。お世話になりました。
    地下鉄駅に入る前に、
    サンシュルピス教会に最後のごあいさつ。
    毎日、お守りくださいまして、ありがとうございました。
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    Rue Guisardeを歩き、ホテルの近所、Marche de St. Germainにあったユニクロにむかいました。
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    Chez Fernandさんお世話になりました。ブフナー・ブルギニヨン、美味しゅうございました。
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    あしもとが寒いというかみさんが足にはくタイツを買いに、ホテル近所のUNIQLOに行きました。
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    このお店は、10時開店。開店前にお店の前に到着したので、少し店の前で待っていました。St. Germainのユニクロさん、たしかにユニクロさんでした。店に張ってあるポスターのモデルさんが日本人なのが面白かったです。それと、店員さんのIDカードをよく見ると、カードにカタカナで名前が書いてありました。レジのお兄さんが新人くんらしく、レジの操作に慣れて折らず、両脇のお姉さん達に教えられていました。そのまま着ていくために借りたフィッティングルーム担当の黒人お姉さんも愛想よく、気持ちのいいお店でした。助かりました。
    ■UNIQLO
    St Germain des Prés

    15 rue Clément
    75006 Paris
    HORAIRES D’OUVERTURE
    DU LUNDI AU SAMEDI: 10H – 20H
    DIMANCHE: 11H – 19H

    今日は、前回入れなかったノートルダム寺院に再挑戦。
    地下鉄の4号線にのり、St Germain des Prés-Citéと地下鉄に乗ってみようと思います。
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  • 巴里見聞録(その62)

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    Port de la Concordeに到着。確かに、ここまで来ないとエッフェル塔の足元まで見えませんでした。同じ事を考えている人もいたようで、この橋にこの時間たっている人たちは私たちだけではありませんでした。寒かったです。じっと待っていると、さすがに寒さが先にきました。
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    待つこと、10分近く、九時ちょうどに、何の前触れもなく、エッフェル塔がキラキラ輝きだしました。シャンパンフラッシュとは、よくいったもの。確かに、シャンパンの泡がキラキラ輝くようにエッフェル塔が輝いていました。きれいでしたね。5分くらい輝き続けたでしょうか、これまた、何も前触れなく、パタンと終了しました。
    ホテルへの帰路もバスを利用です。Orangerieに来たときの路線を逆、84番線をAssemblée NationaleからSaint Sulpiceまでの経路を使わせていただきました。この時刻にバスに乗っているのは会社勤めの方々ばかりでした。おつとめご苦労様でした。
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    ライトアップされたSaint Sulpice教会が、おかえりと、あたたかく迎えてくれました。
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    教会の向かいの区役所も、トリコロールカラーでライトアップされていました。ニクい演出。
    25年前、かみさんとパリに来たとき、25年後に、また、パリにくるとは、しかも、娘を連れてくるとは、思いもしませんでした。おやすみなさい。