古典の力

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閑話休題
「ほかのものは全部投げ捨てただこれら少数のことを守れ。
それと同時に記憶せよ、各人はただ現在、この一瞬間にすぎない現在のみを生きるのだということを。
その他はすでに生きられてしまったか、もしくはまだ未知のものに属する。ゆえに確認の
一生は小さく、彼の生きる地上の片隅も小さい。またもっとも長く続く死後の名声といえども
小さく、それもすみやかに死に行く小人どもが次々とこれを受け継いでいくことにすぎない。
その小人どもは自己を知らず、まして大昔に死んでしまった人間のことなど知る由もないのである。
自省録 第3巻10章(マルクス・アウレーリウス)」
約2000年前の文章なのに、すごい。
頭をガツーンっとぶん殴られた感じがする。
おそらく、戦場の宿舎の中、ろうそく一本の暗い部屋で
一人、紙に向って書いたのだろう。
帰省の新幹線の中で集中力がとぎれずに対峙しつづけていた。
人間は、瞬間を生きる事しかできないのだろうか?
時間軸を横切る一本のタイムラインにすぎないのだろうか?
時間のふるいにまけず、人のこころを揺り動かす
古典の力は、やはりすごい。

コメント

“古典の力” への2件のフィードバック

  1. moonshinerのアバター

    五賢帝の最後、哲人皇帝・マルクス・アウレリウスですね。
    映画「Gladiator」で、リチャード・ハリスが演じた役の印象が強いです。
    哲人皇帝なれど、放蕩息子・コモドゥスを後継にしてしまったことから、ローマの斜陽がはじまった。。。皮肉なものです。

    昔の偉人の言葉は、ビジネスにも大いに役立つらしいですね。
    「自省録」は読み終わりましたか?

  2. abbaのアバター
    abba

    そうです。哲人皇帝のマルクス・アウレリウスです。
    映画の「Gladiator」にもでていましたか!!
    リチャード・ハリス、うーむ、私の方は印象が薄いです。
    ラッセルクロウの印象があの映画は強いです。
    Gladiator、すきな映画の中の一つです。

    コモドゥスを後継にしてしまったこと、
    のみではないとおもいますね。ローマの斜陽は。
    キリスト教の教義の浸透、ゲルマン人の大移動、
    政治・経済制度の硬直化etc
    個人の力ではどうしようもない、それこそ、時代の変化と
    いうことばでしかいいあらわせない、世界の変化がきっかえ
    なんでしょうね。どこかの歴史家の判断ではなく
    素人判断ですけどね。
    皮肉というか、完成したときが、終わりの始まりなんですね。

    「自省録」まだ1/3くらいの進捗です。
    今年は、この自省録を読破してから、塩野七生のローマ人の物語
    第11巻を読み始める予定です。

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