
近間でGWの第二段。
昨日は横浜美術館で開催中の長谷川潔展に行った来ました。長谷川さんの作品とのおつきあいはは、目黒の庭園美術館でお目にかかったのが始めです。ビロードのような黒い版画の数々が記憶にのこっていました。
このビロードの墨絵のような版画は、フランス語でマニエール・ノワール(英語ではメゾチント)とよばれる技法で制作されており、長谷川さんが再発掘した技法でした。黒からオブジェが浮かび上がるようなイメージを持つので、2次元の絵でありながら、3次元的な奥行きを感じます。
長谷川さんは横浜の戸部の生まれのためか、横浜市と縁(ゆかり)が深く、最近あらためて、横浜美術館に長谷川さんの遺族の方から素描、習作、道具そして、製版につかった銅板も、たくさん寄贈されたそうです。
■生誕120年記念 長谷川潔展
(2011年4月29日(金曜・祝日)〜6月26日(日曜))
銅版画の場合、引いた線を消すことができず、失敗は許されないはずなのですが、銅版そのものを拝見しても、そのような線を捜すことはできず、非常に集中力を維持しつつ作品にむかわれていたように感じました。
「鳥」。これが長谷川さんの場合、自由を意味するイコンだったようです。後期の作品に得にたくさん用いられています。下絵も一部展示されていましたが、ラファエロの作品のように、下絵には方眼がひかれ、オブジェの場所に関しては入念に設計されていた様子がわかりました。
長谷川さん、若い頃は大森に住み、堀口大学、北原白秋などとも交友があったようです。単に個人が技法を身につけ成長するのみでなく、同時代の人との交流が個人を育てる事もある事がわかり、長谷川さんを中心に大正から昭和にかけ、長谷川さんの交友関係を中心に日本の美術界を調べてみようとおもいます。まずは、長谷川さんの住まいがあった大森山王にいってみたいとおもいます。

作品群を拝見した後、美術館エントランスの彫塑群を眺めていたら、これらの配置関係が気になってきました。どの確度からどのように眺めればいいのか?なんとなく、展示された方の意図を感じました。
すこしは、美に敏感になったのでしょうか?
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