限界費用ゼロ社会

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限界費用ゼロの社会
ジェレミー・リフキン (著)
NHK出版
年末年始休みの間、米国の社会論者、元ペンシルバニア大学ウォートンスクール講師である、Jeremy Rifkinが世に問うた本を読了しました。とても面白かったです。一読をお勧めします。
Jeremy Rifkin,彼にはA.トフラーのようなあるべき未来のスキームをかたる力を感じました。Sharing Economy(共有型経済)がIoTの力によって、限界費用ゼロ社会を実現し、資本主義社会に取って代わる、という主張でした。
個人的には、是非、そうあって欲しいと共感はしましたが、ある程度の人生経験を持つ身からすると、懐疑的でした。IoTを未来社会設計のフレームワークとしておくことには同意できます。
ピケティの資本主義を批評した著書が騒がれたこと、2008年に発生したリーマンショック,アメリカの影響力の低下など、が示すように。資本主義が曲がり角に来ていることは確かです。資産を私物化すること、私物化した資産同士を交換すること、そして功利主義、そういう行動が人間の基本的な価値として重き置く資本主義。そのメタファーとしての自家用自動車、垂直統合型の巨大企業。知的財産権、原子力発電とその送電網のような中央集中統制アーキテクチャ、そして、規模の経済。
対して、インターネットのように、オープンアーキテクチャ、分散処理、水平展開、Piar to Piar。資産を共有し、道徳性にもとずく共感に価値をおく共有型経済。、デジタルコンテンツがオープンソースソフトウエア、音楽、そして教育の場、Uber,AirBnBが実績を積み始めているように、限界費用がゼロの社会は構築可能であること。特許権や著作権などの知的財産権(IP)も資本主義の時代の遺物なのかもしれない。いままで盲目的に信じ切っていた制度、概念すら変革すべきものなのだ。そのことに気づきを与えてくれたことに感謝したいです。
今年4月から始まる電力自由化が、IoTが最初に具体的な姿を表し始めた気がしていました。次は、自動車の自動運転なのかもしれません。IoTは、今後、20年から40年かけて発展しつづけていくものでしょう。私自身、90年代からこの2010年代までのWebの発展を、現場の末席でみてきた身として実感し始めてきています。IoTをコミュニケーション、エネルギー、輸送の3点から捉えている点の意味がこういうことでしょうか?。最近、インドのMahatoma Gandhiの言葉の引用を見にする機会が増えた気がします。なにか、私のコアの中でGandhiの考え方に共鳴し始めているのでしょう。
読書というものは、本と会話するものかも、その会話を通し、自分が何を感じ、どう動くかが重要であって、記載されているてきすとの善し悪しは、2の次なのかもしれない。この本が、きっかけとなり、関連する資料にも手をのばすことになりそうです。自分なりにこの本に記載されている内容を整理する作業はまだまだ続きそうです。
<<参考>>
■限界費用ゼロ社会公式サイト Zero Marginal Cost Society
■朝日新聞 書評//2016/01/17

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