デジタル時代の著作権 (ちくま新書)
野口 祐子 (著)
この本、面白かった。
お盆休みから帰京中の新幹線の車中でほぼ読了。文章も素直に頭の中に入ってくる、ゴクゴク飲み込める水のように。
デジタル化された著作物をデジタルコンテンツというならば、ネットワークが可能にしたデジタルコンテンツの共有の規模と量は
複雑系ネットワークの専門家バラバシがいうように、加速度的に、複雑化、多様化した。その結果、Googleが、そして、生成系AIが誕生したし、デジタルコンテンツそのものを無償で共有し、別プロセスで収益を上げるSharing Economyも生まれた。どれもデジタルコンテンツを流通する仕組みができて、可能になった。
著者は、法律事務所に努めるプロ。そんなプロのなかにも、シェアの概念や、フリーの概念に馴染み、現著作権法が、ネット時代にアンマッチなことは、わかっているようだ。それなのに、変えられない著作権法。ベルヌ条約の改正には全加盟国177国の賛成が必要だとは知らなかった。それは、現実的には無理だ。フリーの魅力をわかっている法律家もいるんだ。A.トフラーは、著書、富の未来の中で、企業活動と法律には、根本的な速度の違いがあると指摘していた。
デジタルコンテンツ、囲い込み保護するのか、露出し共有するのか?対立する概念なのだから、バランスをとるということが大切だ。でも、落とし所を作ることは、法律では難しい。立法する立場にある議員、政府、関係者がどれだけ、今の現場を判っているか?判った時点で変わっていくのだから、完全把握は無理なのではないか?
大枠を法律で、実例適用は、判例ですすめ、成熟した制度を成文化するのことのみが、法律の役目にするべきでないのか?公共の利益、技術の革新、社会の混乱といった矛盾する要素を調整するためのよりどころが法律であるべきではないのか?
科学界での著作権の扱いに関する混乱にも言及していた。データーは共有し、その表現・解釈を囲い込む、二階建てにした米国の科学界、データーも表現も囲い混んだ日本の科学界、この差、おおらかさのない日本の学術界が自ら成長の芽を摘んできた。
この本が出版されてから10年がたった。十年後の現在、著作権法はどうなったのか?続編を是非、読みたい。
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