投稿者: howdi

  • ボストン旅行(その10)

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    1827年、ボストン出身の画家サージェントら7人がモネのアトリエにあつまり、印象派の作品に夢中になったそうです。
    “Got it bad!”。いわゆる、やばい!
    7人のなかでも、特に、Edmund TarbellとFrank Bensonは、ボストン美術館内の美術学校に務め、印象派の手法を全米に普及させることに貢献。そのため、フランス国外で印象派の価値を認めたのは、ボストン出身の画家やボストン在住のコレクターだと世に認知されているようです。日本人も印象派が好きな人が多いけど、ボストン美術館には印象派の作品が多数、収集されていました。
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    それでは、Gallery 252のモネ専用ギャラリーに入ってみましょう。※すみません、このリンク、クリック後に画像が出てくるまでしばらくお待ちください。
    正面に、La Japonaise
    奥さんのCamilleをモデルに、着物や浮世絵などのジャポニズムにインスパイアーされ、第二回印象派展に出展した作品。モネは、日本の着物の柄に驚いたんでしょうね。きっと浮世絵の絵もたくさんフランスに入っていったんでしょう。
    右隣は、睡蓮の池。
    画集でみる絵よりもずいぶん色彩が明るい印象を持ちました。左隣には、Flower Beds at VétheuilSeacoast at Trouville。こういう作品もいいですね。
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    でも、モネといえば睡蓮ですよね。数点ありましたが、私はこちらの緑の濃い方がすきですね。
    このモネ専用ギャラリー、多くの人がソファに座りながら、おのおの、ゆっくりみていました。いい時間が流れていました。さて、印象派の作品は、まだまだ、続いていました。。。

  • Dive ESP8266 to Deep Sleep Mode(4)

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    ESP8266 Deep Dive Mode,順調でした。。。
    2017年9月18日の2:10から3:14まで、BME280の温度、湿度の計測値がない!
    このころ、台風18号が関東に最接近していたとおもう。
    だけど、風が、雨が、それほど、ひどかったわけでもない。
    なぜ計測できていないのじゃ?
    なぞです。

  • ボストン旅行(その9)

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    ボストン美術館(Museum of Fine Art)はHuntington Ave.にドンと鎮座されていらっしゃいました。
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    入館料は大人一人$25。娘さんは、ボストン在住の学生なのでタダ.いいところですね。こういうふうに”次世代を大事にすべき”という理念を形にしているアメリカは見習いたいところ。日本なら誰かが、どうして学生からも入場料をとらないのだと言いそうです。
    Cloakさんに荷物を預け、いざ出発、とおもったら、
    Cloakさんから「日本人?」と、聞かれ日本語のガイドをもらいました。親切にありがとうございます。
    助かりました。
    この美術館、パリのルーブル美術館のように翼が複数あり、各翼毎に展示物のカテゴリーが分かれています。
    ・南北アメリカ美術
    ・ヨーロッパ美術(Robert Dawson Wing)
    ・現代美術(Linde Family Wing)
    ・古代美術(George D and Margo Behrkis Wing)
    ・アジア・オセアニア・アフリカ美術
    です。一日では、まわりきれないくらい。きら星の展示物が並んでいます。気を抜くと、有名で一見の価値ありの作品も見逃してしまう可能性もあります。カメラ撮影OK,フラッシュNGだったので、写真にもおさめてきました。
    まずは、アメリカ美術へ足を向けました。
    ■The Daughters of Edward Darley Boit/Sergent
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    サージャントが女の子達をおおきなキャンパスに描いた絵が印象に残りました。パリで1882に描かれた作品。サージェントはこの子達の両親、Boit夫妻とは友人だったらしい。絵の両端には、絵の中に描かれている陶器そのものが置かれていました。
    ■Paul Revere/Copley
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    Paul Revere(ポール・リビア)は、銀細工を商いにしていたので、手に銀食器を持っていますね。でも、この人、独立戦争レキシントン・コンコードの戦いにおいて、真夜中の騎行として、伝令の役割を担った人としてボストンでは有名、前日訪問したTea Party Museum でみた映画の中では馬を走らせ、サミュエル・アダムスに”The regulars are comming out!(正規軍がやってくる!)”と、英国軍の来襲を通知していました。しかし、日本人の私には、違った印象。この方、なんか、日本の芸人に似ている。そう、タカアンドトシのタカだ!。
    ■Hanging Head Dragonfly table lamp/Tiffany Studio
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    ”きれいなアール・ヌーボ風のランプだなあ.”くらいに感じました。が、このランプの来歴を読むと、ドラマが一本を書けるくらいいろいろあったようです。静かに立っているのが不思議に思えてきました。
    このランプは、ティファニー工房製。真の宝石よりもガラスの輝きに魅せられたのが、ルイス・C・ティファニー、ニューヨークの宝石屋「ティファニー&カンパニー」の創始者ティファニー氏の長男で、ガラス工芸家として有名な人。この人が、アメリカン・アール・ヌーボを切り開いた。そして、ティファニーランプが収集家の対象になっていったようです。
    <来歴>
    ・1989までニューヨークのWeinstein氏が所有。
    ・1989、日本の堀内氏が購入、L. C. Tiffany Garden Museumに展示
     このL・C.ティファニー美術館、松江ウォーター・ヴィレッジ
     (現.松江イングリッシュガーデン)の中核施設として、2001年4月
     にオープン、2007年に閉館、その後、解体され、
     現在は更地となる運命をたどる。
    ・1989、ニューヨークのTrent氏を経由し, 日本のFunabashiに渡る
    ・1990代後半、堀内氏の手に戻り、
    ・2012年に堀内氏からティファニー収集家でオークションハウスを持っている
     Michaan氏経由でサザビーオークションにかかり、
     ボストン美術館に落ち着く。
     $500K,5億円くらいするらしい
     どれだけ多くの人の思惑の間を流れてきたのだろうか。きれいだなあというだけど、気持ちをもつだけでは、甘いのでしょうか?
    <参考>
    ・Japan’s world famous Garden Museum’s major Tiffany and Art Nouveau collections to be sold
    ・TAGAMIガラス工房
    アール・ヌーボとアール・デコの違いも知りませんでした。東京都庭園美術館はアールデコの館。本館1階中央にあるフランスのアンリ・ラパンデザイン『香水塔』はもちろん、アール・デコ。
    アメリカ美術のこの3作品だけでも、これだけの歴史を持っています。
    次は、ヨーロッパはフランス印象派、モネのセクションにお連れいたします。

  • ボストン旅行(その8)

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    ボストン旅行二日目。今日は昨日とはうってかわって肌寒く、雨が降りそうな天気。朝は、上に一枚,羽織るモノが必要です。今日は、ボストン美術館、イザベラ・スチュアート・ガードナー美術館をめぐることにしまいした。今日も娘さんがガイド役。今日から全米で最初にひかれたボストンの地下鉄を利用し、行動範囲を拡大します。ボストンは、地下鉄が発達しています。東京のように色々な方面への路線があります。路線名に色の名前を使うシンプルなやりかた、今日むかったのは、グリーンラインのPark Street Station, Boston Commonの中に駅がありました。
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    ここでプラスティック製の事前チャージ式の搭乗カード、Charie Ticketを購入しました。搭乗路線分の代金分を毎回チャージする方式。ただ、このカードの券売機、現金を受け付けず、クレジットカードのみです。現金よりもクレジットカードを信用する、これもお国柄ですね。
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    地下鉄の駅の構内はサウナのように暑いです。冷房というものがなく、大きな送風機をフォームに設置しガンガン回していました。小さいことなど気にしないんでしょうね。
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    フォームに電車の発着時間表示があり、意外や意外、表示通りの定刻運用で、電車が到着。東京の地下鉄のような車両を想像していたけど、ありゃ?小型のトロリー?
    車輪は金属ではなくゴム製。
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    社内は、一両に20人も乗れば満員出あろう広さ、電車と言うよりバスです。ボストンのひと、これで朝夕の通勤に耐えているのかしらとおもうとクラクラしてきます。公共という概念の違いにおどろきます。commonやtea partyをみた昨日は、米国って素敵!と,おもったけど、公共物の1つであるこの地下鉄をみていると日本も捨てたもんではないなと感心しました。
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    この電車に揺られること数十分、途中North Eastan大学駅を通過し、Museum of Fine Art駅に到着です。

  • ボストン旅行(その7)

    Boston Tea Party Shop&Museumに到着。
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    チケット販売所を探していたら、時代物の衣装を着たイケメンのお兄さんが、あちらですよと教えてくれました。販売員のお姉さんに、”大人二人、学生一人”というと、
    “eighty five dollars(約八千五百円)”
    と、言うじゃありませんか!耳を疑いました。私のヒアリング能力が悪いのかと。
    お姉さんには、
    “ちょっと考えます。”
    といい、作戦会議。娘がiPhoneでここのWebを探してくれて、確かに大人一人$28であることが判明。せっかく、着たのだからと、おのぼり観光者になりきり、入場して見ました。入場すると、これまた、時代物の衣装を着たお姉さんに、集会所のような所に案内されました。そんなに使っていいのかな?と、思い入りましたが、本当に入る価値ありました。
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    完全参加型博物館。集会場のようなところで、待っていると、ボストン茶会事件に本当に参加した人“William Molineux”の名前が書かれたカードを渡されました。渡された人の役になり切らなければならないそうです。お姉さんが役回りの説明を開始。賛同の意を示す時は長椅子を叩いたり、足を踏んで床を鳴らしたり。反対の意を示す時は、ブーイング。大きく賛成の時は”Huzzah!”と叫ぶと指導してくれました。
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    発見!ボストン茶会事件に参加していたボストニアンは反乱者達Rebel Force.一方、大英帝国はThe Empire.おー、これぞ、Star warsの世界観。綿々と続いているのですね。それに比べ、日本なんかOuter Rimなんですね。
    説明が終わったところで、サミュエル・アダムス役のお兄さんが登場。勢いのある言葉で参加者を鼓舞します。その言葉ごとに、みんなで椅子を叩き、足を踏み鳴らしブーシングし、大英帝国の不条理さに怒りがこみ上げて着ました。さあ出撃。船の甲板に上がり、お茶の入ったパッケージを海中に投げ入れます。その度に、対岸で様子を見ていた人達からたくさんの拍手をいただきました。娘も大英帝国の横暴に抗議しパッケージをドボーン。
    ★YouTubeに動画を公開していました。★
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    ボストンの人が根っこに持っている権力に対する概念、理念がわかってきた気がしました。大陸を離れ、文化、心情を異にする人たちが大切にしていたのは、自治、公共、自由。それらを踏みにじる存在に対しては、ボストニアンは一枚岩になって戦う気概を持っているようです。この時は気がつかなかったのですが、週末にはBoston Commonで白人至上主義、ナチズムに対する反対デモが開催される予定でした。なぜ、ボストンなのか?意味がわかった気がしました。
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    夕飯は、寮で洋食しか食べていない娘のリクエストでチャイナタウンへ。
    この門のそばで、中国系アメリカ人がポーカに興じていました。入ったお店は香港小食。店の中に入ってみると、客、客、客。9割がアジア系でした。みんなワイワイ言いながら食べていました。店の名前は小食だけど、名ばかり。アメリカンケーキのように、量が半端ではない、ボリュームのある一皿一皿でした。本当は、麺が美味しいお店だったらしいです。
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    ・大根と人参の甘酢漬け
    ・揚げ餃子。※娘さんは焼き餃子を期待
    ・青菜炒め
    ・炒飯
    ・四川風麻婆豆腐
    ・青島麦酒
    こうして、ボストン滞在一日目が暮れて行きました。
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  • ボストン旅行(その6)

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    信号を一つ渡ると、別世界が広がっていました。海が港がクルーザーが見えます。Mariott Water Frontもありました。ホテルはこちらの方は良かったかしら?
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    この辺りの雰囲気は横浜山下公園ですね。垂直にニョキニョキ建物が立っているたての世界から横の世界に広がる空間は気持ちがいいです。
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    しばらく歩いていると、ビルとビルにはさまれたアーチの空間に、いい風が吹いていました。ここで、毎年、世界中の帆船が集合するイベントSail Bostonが開催されるそうです。その時は、このアーチの下、たくさんの帆船が見えるそうです。
    さて、お昼。お腹が減ってきました。この辺りは、オフィス街なのか、お仕事中の事務所から、今日は天気がいいので、ランチは外に出て見ない?的な、ビジネスマン達がたくさん歩いています。
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    そこに一箇所、どうもローカルの人が行列を作っている小屋を発見。
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    何だろう、何の店だろうと、様子を伺っていると、何と店の前にはロブスターくん人形がハサミを二本あげてお客さんをお迎えしていました。店の外のメニューボードにはロブスター small/midium/largeと書いてあるだけ。
    えーロブスターだけだべるところ?と、思い、店の前のテラスコーナーを見てみると、みなさん、アルミホイルに包まれたロブスターロールパンをいただいていました。地元の人が並ぶようなところが、本当に美味しいところだ!という、信念で、列に並んでみることにしました。
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    並んだ甲斐がありました。見てくれは、シンプルだけど、肉厚のロブスターとレモネードが、パラソルの下美味しゅうございました。ようやくエネルギー補充ができました。おっと、お店の名前はJames Hook.
    おやおや、.ZAGATTEにも掲載されているお墨付きのお店でした。
    あらあら、Best of Bostonを複数回受賞しているようでした。
    さて、次の場所へ。。。。
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  • ボストン旅行(その5)

    はい、Freedom Trail, まだまだ続きます。
    ■Old Corner Bookstore
    ※参考
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    ごめんなさい。ここは前を通り過ぎるだけにさせていただきました。ここ、ボストンで最古の商業施設だそうです。1718年に建立。アメリカの出版界の中心として活躍。チャールズ・ディケンズも使っていた書店。今も現役で使われているそうです。
    ■Old South Meeting House
    ※参考
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    ここは、ボストンの郷土史がたくさん展示されていました。隣で見ていた地元の小学生のお母さんと学校での社会科の勉強の話をしているようでした。
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    ここの展示物を読んでいると、1773年12月16日のtea party前日は無論、この集会場で住民が集まり直接物事を討議し、合意し、決めていったことや、アメリカという国が、はじめ、イギリスの入植地としてイギリスの一部という意識が住民に高かったのに、このボストンの成長と共に、自分のことは自分で決めたい、責任を取りたいという住民の意識の変化があり、それが独立戦争につながり、新しい国を興したことがよくわかりました。自由は英国に与えられたものではなく、入植者たちが、権力から勝ち取った権利だと主張したいのでしょう。
    ■Old State House
    ※参考
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    Old State Houseは近代的なビルとビルの間に挟まれて窮屈そうです。
    でも、この建物もボストンの歴史の生き証人。1761年、弁護士のジェイムズ・オーティスが、総督会議室で、援助令状の発付に対し反駁する弁論を行いました。これがアメリカ独立戦争へつながっていき、1770年3月5日、5人の植民地人がイギリス兵によって殺されるボストン虐殺事件が、この建物の東側すぐの場所で起きたそうです。そして、1776年7月18日、アメリカ独立宣言が、トーマス・クラフツ大佐(Sons of Libertyの一員)によって、この建物の東側バルコニーから読み上げられたのだとか。
    ■The Boston Massacre
    ※参考
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    ここが虐殺の現場。民族衣裳に扮したお姉さんが熱弁を振るっていました。ここで起きたことを、決して、忘れてはいけないと言いたげでした。
    ■Faneuil Hall/Quincy Market
    ※参考
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    ファニュエルホールは、公開討論の場として、そして市場として活躍しています。
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    そのお隣、クインシーマーケットは、開業当時から、卵、チーズ、パンなど食料品を主に取り扱うショッピングセンターだったそうです。
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    今でも、食べ物屋さんが並んでいました。ハンバーガー屋、サンドイッチ屋、カレー屋、おっと、寿司屋もありました。でも、ここは観光地仕様。ここでクラムチャウダーを頼むものではないと娘に諭されました。
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    Freedom Trailはもっと続くのですが、私たちは、ここから、Bay Area沿いに進むことにしました。。。。

  • ボストン旅行(その4)

    この日は、天気がよくて本当に気持ちが良かったです。さあ、Boston Freedom Trailに行きましょう。Boston Feedom Trailって何ですか?本場、Freedom Trail Foundationに豊富な情報がありました。Wikipedia上の記述はこちら
    ■Masachusetts State House※参考
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    マサチューセッツ州の州議会場です。現役。金色の屋根が青空に映えます。気持ちがいい。
    トレイルのやり方は人それぞれ。歩くのが基本ですが、バス、セグウエイ、水陸両用バス、多様性を認めるアメリカ社会をここにもみました。日本とは違う。
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    ■Park Street Church※参考
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    パークストリート教会は、全米で指折りの高い建築だった時代があった。それを知って、ボストンのあちらこちらからこのパークストリート教会の方向を見ていると教会の尖塔が見えました。この教会、ちょうど工事中でした。二階が礼拝堂で、質素な印象。Boston Commonの隣に立地しCommonの歴史を見てきた教会なのでしょう、昔のCommonの様子が多く展示されていました。初期の入植地者達がアイデアをもちよって、この共用空間であるCommonを、Commonとはなにか?どう使うかなどをゼロから決めていったんだろうなあ。と概念を開拓していったのでしょう。ここの展示物によく、”PEW”という単語をよく見かけました。PEWって何だ?アメリカはピューリタンが大西洋を渡って入植したことから始まった国だからPewなのかと思いましたが、辞書を引いてみると、そうではなく、教会にある背のついた長いベンチ式の信者席のことですね。Pewは、教会が用意するものでなく、信者が自分で購入し設置する自分の家族所有のPewがあったらしいです。
    ※Park Street Churchに入る前、向かいにあったセブンイレブンでペットボトルに入った水を購入し熱中症予防。Poland Spring $1.49なり。このPorland Spring最近色々と話題になっているらしい
    ■Granary Burying Ground※参考
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    Park Street Churchに接してあるお墓です。多くの人で墓地が賑わう、ちょっと不思議な光景。アメリカ人は建国から数百年なので歴史に飢えているのかなと思いました。
    ■King’s Chapel& Burying Ground/Omni Parker House※参考1※参考2
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    ここには入りませんでした。向かいが、ボストン・クリーム・パイ発祥の地で有名なOmni Park House。結構由緒ありそうなホテルでした。でも、ボストンクリームパイ、その実物はついぞ、お目にかかりませんでした。どんななんでしょうか?
    ■Boston’s Old City Hall/Boston Latin School※参考
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    ここは1635年創立。アメリカで最も古いパブリックスクールがあったところ。のちにボストン市役所としても使われたらしい。アメリカで最も古いものは、だいたいボストンにあるのではないでしょうか?日本の京都かな?と、思ったら、京都とボストンは姉妹都市でした。独立宣言に署名した5名,Benjamin Franklin, Samuel Adams, Johon Hancock, Robert Treatはこのパブリックスクールの出身。Franklinは中退生だとか。緑が生い茂り、木陰が溢れ、気持ちのいい空間でした。面白いもので、ここの中にステーキハウスのRouth&Crisが入っていました。シアトルではお世話になりました。

    ここの前庭に面白い像がありました。ロバと象の像でした。ロバが民主党でゾウが共和党らしく、意味は見た人に解釈を委ねているようですが、ロバがゾウを踏みつけているようにしか見えませんでした。
    Trailは、まだまだ続きます。。。
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  • ボストン旅行(その3)

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    ねむれない。夜中の2時から2時間おきに、目が覚めたり、ウトウトしたり。気がついたら6:55.外が明るくなってきたので、ベットからでて、服を着る。
    窓を開けると、外の空気が清々しい。カモメの鳴き声も聞こえる。そう、ここボストンは港町だった。朝の青空が美しく、Boston Commonの緑が見える。近い!Google Map,Google Earth,Lonely Plantを広げると、だんだん土地勘がついてきた。あれ、O’reilyのBoston Office がホテルのとなり、LCCだ!気になる。成田で飛行機を待っている間、O’reillyのSRE本を知ったばかり。
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    今回は、ボストン留学中のうちの娘さんとホテル前のタクシー乗り場で合流することになっていました。彼女、寮からタクシーにのり、ホテルに到着。タクシー代分の現金を代理で決済。
    部屋に戻り、一休みし、さあ、出陣。今日は、ボストン観光の超定番Freedom Trail。ガイドは現地在住の娘さん。朝はけっこう肌寒く上着が必要でした。
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    ホテルを出て、最初の交差点にあったのが、Boston Opera House.その横、いろんなショーを開いているをPARAMOUNTを一枚。絵になりますね。
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    Wasington St.を北上し、米国で最も古い古本屋さんのBratle Book Storeにより道。
    ちょこっと古本をのぞいてみました。それほど、珍しい本はないように感じました。
    Tremant St.にでて、信号を渡り、Freedom Trailの出発地、Boston Visitor Centerに到着。Center前では民族衣装というか、植民地時代のコスチュームのガイドさんが熱弁を振るっていました。Freedom Trailは人気のある観光コースなんですね。平日にもかかわらず、大生の人が歩いていました。
    さあ、ここから,この道路に敷設された赤レンガに沿って、Freedom Trailの始まりです。
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  • ボストン旅行(その2)

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    JAL8便はボストンに定刻到着。ただ、しばらく滑走路上で駐機、まさにポートが空いたところで着岸。JAL機のまわりは見たこともないロゴを尾翼に付けた飛行機ばかり。“WOW”とか、“æ(Air Europe)”とか。
    機内からでたはいいものの、入国審査は長蛇の列。米国人以外の入国者の多いこと多いこと。いつもであれば、まあ、いいんじゃないと気長にまつのですが、今回は、まてない緊急事態が発生しました!急にお腹が痛くなってきたのです。大腸が蠕動亢進です。きっと気圧の急な効果の影響でしょう。この経験、サンフランシスコから日本に帰国したときも経験しました。気圧と大腸の動きは何か関係がありそうです。ボストンの入国審査官が優しかったので、入国審査はするっと通過。私のお腹のものもトイレに駆け込み、するっと通過。ほっとしました。
    空港からホテルまではタクシーで20分ほどでした。夜のとばりのボストンのダウンタウンを通過しました。ボストンの街の第一印象、レンガ作りの建物が多く、横浜の馬車道のような雰囲気、歴史を感じました。また、道すがら、夕焼けがキレイなアカネ色に染まって見えました。夕焼けは世界中どこにいってもキレイなモノなんだなあと妙に感じ入りました。
    ホテルに到着。黒人のポーターさんが出迎えてくれて、「荷物を運ぶか?」と、聞かれ、おもわず、No thank you.と答えてしましました。結果的に、このポーターさんに失礼をしたのかも知れません。あのポーターオジサンの仕事をうばってしまったかもしれないのです。特にチップ。あのオジサンの生活の糧がチップだとしたら、ちょっと申し訳なかったかも。Boston,意外と下地が、キチンと身分階級が階層化された、ヨーロッパ文化のようです。
    ホテルのレセプションでチェックインしたときもトラブル発生です。チェックイン時にクレジットカードの提示を要求されたので、いつもつかっているSUICA-VISAカードをだしたら、このカード与信がとおりませんよ。と、言われてしまいました。
    えっ!!!!
    しまった!
    このカード、JAL便の行き帰りのチケット代を支払うときに使っていました。
    もしかすると、ほんとうに与信枠をこえてしまったのかも。クレジットカードを海外旅行で使う時には気をつけないといけないですね。とくに、一人ではなく。複数人で行く場合。いつもと、違いますもの。
    そして、とどめ。ホテルにバスタブがない!!以前、このホテルチェーンの同じカテゴリのホテルを使った時には、バスタブがあったので、鷹をくくっていたのですが、このホテルにはございませんでした。日本人たるもの、湯船につからないと、疲れがとれませんよね。
    トラブル、続きました。。。。