投稿者: howdi

  • 庭仕事2025 始動!

    Dsc_1137
    今日は、気温が20℃を越え、ずいぶん暖かい。
    久しぶりに、庭にでて、冬の間の剪定を受け、なりを潜めていた鉢植えのバラの様子を確認してみた。そろそろ、バラが芽吹くころ、とは、予想していたが、ついにきた。バラ達も冬の眠りから覚め、活動を開始したようだ。
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    赤い芽から、葉が顔を出し始めた。彼ら、ここから、一気に成長を始めだす。
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    さあ、今年の庭仕事も本格的に開始だ。バラは芽が乾かないように、気をつけないといけない。チューリップや、パンジーの花の鉢も欲しいところ・鉢たちの世話、水かけも忙しくなるぞ!

  • Emacs 31系にバージョンアップ!

    20250302-130814

    午前中、パシフィコ横浜で開催されたCP2025に出かけた。会場に入場する人たちの行列ができていた。みんな、みるからにカメラおたくさんたちだった。
    帰ってきてからは、emacsの日。日頃お世話になっているエディターemacsヴァージョンアップの日。手順は、昔の自分が作ってくれていた。
    ■Emacs 28系にバージョンアップ!
    ただし、使っているMacBookProは、ArmベースのApple M1 pro。MacOSは、 Sequoia 15.3.1。と,28系の頃とは環境がだいぶ変わったので、手順の変更が必要。
    さて、いきますか。
    まず、githubからcloneしてソースを取得
    $ cd emacs
    $ ./autogen.sh
    $ ./configure –with-ns –without-x –disable-ns-self-contained –with-gnutls=ifavailable –without-webp –without-rsvg –without-png –without-gif –without-gif –without-tiff –without-jpeg –without-xpm –without-lcms2
    $make
    $sudo make install
    とすすめ、
    ・~/bash_profile中の環境変数を変更して、
    EMACSDATA=/usr/local/share/emacs/31.0.50/etc/
    EMACSPATH=/usr/local/libexec/emacs/31.0.50/:
    EMACSLOADPATH=/usr/local/share/emacs/31.0.50/site-lisp/:/usr/local/share/emacs/31.0.50/lisp/
    EMACSDOC=/usr/local/share/emacs/31.0.50/etc/
    $cd
    $source .bash_profile
    $emacs –version
    GNU Emacs 31.0.50
    Copyright (C) 2020 Free Software Foundation, Inc.
    GNU Emacs comes with ABSOLUTELY NO WARRANTY.
    You may redistribute copies of GNU Emacs
    under the terms of the GNU General Public License.
    For more information about these matters, see the file named COPYING.
    はい、完了。
    $ file /usr/local/bin/emacs
    /usr/local/bin/emacs: Mach-O 64-bit executable arm64
    なので、Armベースのネイティブコードとしてビルドできたようだ。
    emacs 28系での手順ではmakeが失敗していた。ldが、画像処理系ライブラリのarm64へのシンボルエラーを繰り返す。HomebrewのCellerにarm64ベースのものが揃っていない様子。始めは、解決方法を、ネットで検索しても、chatgptに問い合わせてみても、的を射った回答が見つからなかった。
    私は、emacsをエディターとしてシンプルに使っている。ゆえに、TLSも、画像処理系もいらない。
    ひとつづつ、不要なライブラリを外していって、makeが通るように落ち着かせたのが実態。なんか、軽い、違和感。
    emacs、なんか画面が速くなった気がする。emacs、私にとっては、料理人の包丁みたいなもの。emacs一本、さらしに巻いて、渡世を歩く。

    20250303
  • ロスト・キング リチャード3世の発掘と再埋葬

    英国BBCのコンテンツの質の高さには常に驚いている。
    今日、BBCのWebを読んでいたら、リチャード3世の遺骨が発見された時の事が動画になってでていた。
    ■Richard III: The ‘accidental’ photo of a long-lost king
    発掘されたのは2012年なのでだいぶ前の話だが、面白かった。記事には、教会横の駐車場の敷地の中で発見されたとしか書いていなかった。発見された場所が、英国のどこなのか?興味が湧いた。
    Wikipediaで”リチャード3世”の記事を読んだ。英国Leiscester(レスター)という街の教会横の駐車場であること、発掘プロジェクトを指揮したのはレスター大学の人物Richard Buckleyであることがわかった。彼へのインタビューがyouTubeに公開されていた。
    ■An overview of the Grey Friars project
    GoogleMapを使ってレスターという街、その街の中の聖堂横の駐車場の位置もわかった。となりが、ショッピングセンターだった。

    発掘場所の近くの学校校舎は、リチャード3世ビジターセンターとして維持されていた。このセンターのコンテンツがまた、充実していて、読んでいて面白かった。おそらく、英国の小学生でも楽しめる内容。
    ■King Richard III Visitor Centre
    レスター大学も、この発掘に関して特別サイトを公開していた。
    ■Discovering the remains
    Wikipediaの”リチャード3世の発掘と再埋葬”の記事に飛び、よく読んでいると、発掘プロジェクトの本当の発起人はフィリッパ・ラングレーという人だったこと、それを映画化した作品のある事が、題は”ロスト・キング 500年越しの運命”。Amazon Prime Videoで検索すると、その映画が見つかった。
    ■ロスト・キング 500年越しの運命
    早速、テレビをChromeCastにつないで観て看た。面白かった。いろんなところが、英国そのもの。前職でロンドンの支社の人たちとは、交流があった。ロンドンにも数回いったし。主人公の住んでいる街の街並み、パブの様子、登場人物達のキャラ。そうそう、こういうことを、こういう口調でいう人、いるいる、あの人と似ていると。人間模様が英国人そのもの。非常に懐かしかった。
    そして、リチャード3世といえば、シェークスピア。シェークスピアのリチャード3世、事実を正確に作品に落とし込んだわけではなく、ビジネスとして、当時の人たちに、受け入れ人気の出る興行作品として、作成したものに違いないと思った。でも、まだ、シェークスピアのリチャード3世を読んだことも、観たこともない。そろそろ、シェークスピアに挑戦してみるか!

  • 庭にでてみた。。。

    Dsc_1128
    先週は、寒波が居座り、寒い日々が続いた。今週に入り、寒波も去ったようで、窓際に座っていると、日の光がだいぶ強くなった事を感じる。
    庭に出て、いろんな鉢の様子をみてみた。夏に日日草を植えた鉢は、なにも植えず休ませているが、雑草が沢山、生えだしてきた。一方、ミズゴケでマルティングしているバラの鉢の方は、雑草の芽がほとんどでない。
    この差は、なんなんだろう?
    マルチングしている環境のほうが、雑草の種が発芽するには厳しいということなのだろうか?雑草の種が飛んできて、マルチングの上に落ちたとしても、マルチングしているが故に、地面に触れる事ができず、発芽の条件が整わない。もともと、土の中に入っていた雑草の種も、条件が整わず、発芽しないと、いうことなのだろうか?
    いずれにしても、マルチングは継続。
    そろそろ、今年の庭を計画する時期なのかな。。。

  • How to grow Christmas cactus 2

    Dsc_1121
    TAMRON SP90mm F2.8 1/5 秒(F5.6) ISO200
    先週と同じシャコバサボテンの花だけど、今日はだいぶ開いたので、カメラでシャッターをおしてみた。
    でも、肉眼では感じることのできる、透き通った花びらの質感が表現できなかった。
    なぜか、悩んだ。絞り、スピード、ISO、手ぶれ、どれを変えてもかわらない。ひといきついてみた。
    あっ「色の表現空間か!」と、思いついた。
    ホワイトバランス!
    そういえば、先日、ホワイトバランスを曇天にしたままだった。これをかえてみて、少し、表現がちかづいた。
    すこしづつ、経験し覚えていくしかないのか?
    時間がかかる。
    時間がない。。。。

  • How to grow Christmas cactus

    Dsc_1073
    TAMRON SP90mm F2.8 1/4 秒(F5.6) ISO400
    今日は、成人の日。街には、晴れ着をきた女の子たちや、妙にスーツ姿が似合っていない男の子達が沢山いた。
    最近、もうひとつ、別の株の方のシャコバサボテンも花が咲いた。こちらは赤。三脚を立てて、リモートコードをつけて手ぶれを与えずに撮影してみた。さすが、TAMRONのマクロレンズ。花びらの質感が素直に表現でき、うまくいった。
    でも、この株、今年は、花数が少ない。もらってから、もう26年くらいになる古株なのでしかたがないのだろうか?私の育て方が悪いのだろうか?と、不安になる。
    NHKの趣味の園芸よくわかる栽培12か月シャコバサボテン編は枕元において毎晩読んでいる本なのだけど、最近、 英国の王立園芸協会(Royal Horticultural Society )のサイトも時々読んでいる。ここに、シャコバサボテンの特集記事が掲載されていた。少し、読んでみた。
    How to grow Christmas cactus
    やはり、短日処理に失敗したかしら?根づまりかもしれない。うちのシャコバサボテン、数年、鉢を入れ替えていない事を思い出した。今年は、鉢替えしてみようかしら。もう少し暖かくなった3月末くらいに行ったほうがいいらしいけど。

  • 今年はどうなる???

    Img_3877
    お正月に実家で雪かきをやってきた。裏庭にあった雪で小さな雪だるまをつくってみた。目がないことに気がついた。昔は、炭で、いや、お風呂を沸かすときにつかっていた石炭で目をいれていたけど、いまどき、そんなもの存在しない。見渡すと、南天の赤い実があったので、これを目の玉につかうことにした。
    小さい頃、冬の間、雪が降っていて、寒いにもかかわらず、妹と庭に出で、二人で、よく、雪だるまを作った。もっと、大きいゆきだるまだったかもしれない。その後は、二人で、雪の上に寝て、空から舞い降りてくる雪をずっとみていたり、口をあけて、冷たい雪が口の中に入るのをずっと待っていたりしていたもの。その妹も、今年はインフルエンザに感染して、実家に来ることができず、電話で年始の挨拶を交わしただけだった。
    今年は、どうなるのだろう?
    本当にわからなくなってきた。

  • 新たな世界への気づき。。。

    Dsc_1047500
    今年もシャコバサボテンが咲いた。今年は、屋内に取り込んだのがおそかったので、咲く時期が遅くなり、クリスマスを越えてしまった。それでも、日々、つぼみが大きくなっていく様子を見るのは楽しいもの。満開に咲いてくれると、毎年だけど、写真に残したくなる。
    今年は一工夫。マクロレンズに切り替え、三脚を立て、絞り込み、シャッタースピードをおとし、レリースボタンで手ぶれを防いでみた。カメラを使って切り取れる世界は、手持ちでシャッターを押して切り取る世界よりも広いのではないだろうか?
    ようやく、気がついた。
    さて、午後は、年賀状生産工場長。家庭用と仕事用と年賀状のデザインは決めていたのですが、裏面の印刷、表の宛名書きは今日になっていました。毎年のルーティンワークなので何もおきないかとおもっていたら、プリンタの印刷速度が結構おそかったり、マゼンダ色のインクだけ、ノズルがつまったり、強力クリーニングを数回実施して、乗り越えたりいろいろ、ハプニングがおきた。来年も、年賀状をだしているのか?

  • 冬至の今日も心は揺れる。。。

    Dsc_0990sr
    今日は冬至だ。クリスマスも近づき、街が急に年末年始のモードに入ってきた。今日は、久しぶりに、何も予定がない。本を読んだり、TVを見たり、ネットにアクセスしたりもしないことにする。
    ただ、こうやって、心に浮かんだことを、書いてみようと思う。
    読む、書く、聞く、話すという行為、これ、毎日やっている。
    読む、聞く、話すという行為は、外界が、自分に内在する心の状態を乱す。自分の心が、他人に振り回されて落ち着かなくなる。今日は、この行為からは距離を置こう。ここ最近、他人に振り回され、心が乱れまくっており疲れている。
    一方、書くという行為、筋道立った小説や、論理的な文章を作るのではなく、ただ、心の中に思い浮かんだことを書く行為は、自分の心の状態を自分でコントロールできる行為だ。いやになったら止めれば良い。心の動く方向を自分が決めることができる。心の状態のデッサン、自分の心の中を一人で自由に散歩する行為なのかもしれない。
    絵を描く行為もそうなのではないだろうか?人はなぜ絵を描くのだろうか?ずっと、気になっている。ただ単純にみた映像を記憶に残したという気持ちだけではなく、そのときの心の動きもとどめたい、いや、それだけでもない。絵を描いているその瞬間だけ、心の動きが穏やかになるのかもそれない。
    と、色々書いていたら、メールが、メッセージが入ってきた。
    心が安まらない。。。

  • ルシア・ベルリン『すべての月、すべての年』

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    ルシア・ベルリン『すべての月、すべての年』
    講談社
    両親の介護で実家に帰省した際、駅の本屋で偶然この本を見つけた。短編集のようなので、帰りの新幹線の中で気軽に読めるだろうと思い、軽い気持ちで購入した。
    読んでみて、久しぶりに驚いた。文章が非常に読みやすい。いや、読んでいると、目の前に土の匂いや風の熱さ・冷たさを感じ、主人公の隣に自分が立っているような気がしてくる。文章を五感で感じた。
    そこで語られるのは、さまざまな境遇の人々の物語。看護婦、掃除夫、囚人、アルコール依存症、教師、尼僧など、いわゆるエッセンシャルワーカーの人々。決して、一人の人生の中では、二度と経験できないような出来事が数多く描かれている。
    一篇を読むたびに、思わずため息がこぼれた。ルシア・ベルリンの英語原文の切れ味が素晴らしいのだろうが、それを一切歪めることなく、日本語に見事に翻訳している翻訳者、岸本佐知子さんの力量も素晴らしい。
    日本語訳の一冊目『掃除婦のための手引書』も読んでみた。こちらも、文章が冴え渡っている。最近、日本語訳の三冊目『楽園の夕べ』が出たようだ。ぜひ読んでみよう。