BIG SWITCHその3

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ようやく、ニコラウス カーのBIG SWITCHを読破した。
本書の構成は以下の通り。
プロローグ:ボストンのとある戸口で
1.バーデン車輪
第一部:ワンマシン
2.発明者と社員
3.デジタル水車
4.さよならゲーツ氏
5.白い町
第二部:クラウドに住む
6.ワールドワイドコンピュータ
7.多数から少数へ
8.大規模な解体
9.ネットとの戦い
10.蜘蛛の
11.iGod
エピローグ:炎とフィラメント
面白いか?面白い。
なにか新たな知見はあったか?ほとんどない。
むしろ、この本をきっかけに、自分で考え、自分で
行動しなければいけない事に、気づいた.
この本、ユーティリティコンピューティングの解説書じゃない。
いわゆるビジネス書のたぐいじゃない。
大きな誤解だった。
第一部で記述している電力ユーティリティの展開は、
ネットの勃興のアナロジーだった。
第二部からが、本題。
本に記載されている内容のほとんどは
どこかの誰それさんが、こういった。
という、いわば、インタビュー結果を羅列しているに
すぎない。
ニック自身が検討し、実ビジネスとして
こんな行動をとった、だからこんなに儲かったという
話などかかれていない。
いまネットにある大きな問題の提起が主。
読破後に心に重く、次の印象が残る。
「我々は本当にこのインターネットを構築してよかったのか?」
インターネットによって、無意図的に
ネット自身に知性を与えようとしているのではないか?
我々がネットに発信していく情報が、あるときは意識的に
関係づけられ、あるときは無意識的に関係つけられている。
その結果、どうなる。
アイデンティティや、嗜好、人間関係、資産などのいわゆる
プライバシーが公開するしないにかかわらず、
ネットに利用されている。それでいいのか?
ネットが便利であるが故に、気づかないだけでないか?
我々は、物事を深く考慮もせず、ただ、ネットにむかって
リンクをクリックし、何をどう判断したかの情報を提供し
フォームに書き込む事でプライバシーを送信している。
我々がネットを使っているのではなく、
実は使われているのではないか?
人類は、炎すらコントロールできなかった。
炎から電気の時代に切り替わり、便利さを得た代わりに
なにかを失った。
しかし、電気のない時代にはもどろうとしない。
同様に、もはや、ネットのない時代にはもどれないだろう。
ネットで得た便利さと引き換えに何かを失っていくのだろう。
生まれたときから、インターネットが、TVが、携帯が
ある今の子たちは、それをなんともおもわないだろう。
それを引きずるのは、今、社会の中心にいる我々の世代なんだろう。
この、ニックの結論には同感。
他にも、問題提言があった。
再読し、内容を整理したい。

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