ゴッホ展2010

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勤労感謝の23日、
午前中は雨でどこにもいけないかな?
と、考えていたところ、午後には晴れてきたので、近間に出かけることにしました。
こんなことは、だれでも考える訳。
午後から、六本木の国立新美術館で開催されていたゴッホ展にいってきました。
この美術館は初めてでした。
やはり、ゴッホは人気があります。
私が、到着した時には、20分待ちの入場制限が開始されていました。
前回、2005年に東京近代美術館で展示された絵画とほぼ同じ作品が来ていたようでしたが、あまりにも有名な絵ばかりのため、再会という印象もなく、新鮮な気持ちで向き合えました。とくに、ゴッホは後半独特のタッチがあるので、原画とプリントでは全く印象が異なり、そこが、毎回新鮮な印象を持つ理由かもしれません。
今回印象に残ったのは、初期の作品で言えば、リトグラフで作成した「ジャガイモを食べる人々」。おなじテーマで幾度も習作をしていたようで、記憶に残っていたのは油絵の方でした。今回のリトグラフの作品は、当時の批評家が指摘したように、人物描写に幼さがのこっていました。だけど、ゴッホは、日々進化していった美術家だったのではないでしょうか?
ゴッホは、アカデミックな教育を受けて来た人ではなく、アウトサイダー的な人だっただけに、自ら道を切り開き、独自の道を見いだしたところで、自ら命を絶ってしており、その唯一性がすばらしいことにあらためて、関心しました。
ここまで、周囲、時代の流れを自分に吸収していき、独自の型を作り出していった美術家はなかなかいない事に改めて気がつきました。今回の展覧会の企画の意図もその辺にあったような気がします。
後期の作品からは、「タマネギの皿のある静物」が印象に残りました。色彩が本当に明るく、色感覚も軽く、タマネギが机の上で生き生きとしており、同じ人間が描いたとはおもえません。
「アルルの寝室」を実物大で再現したモデルもありました。部屋の形が、正方形でなく、三角形だったこと、そして、この部屋のとなりにゴーギャンが住んでいたことにお驚きました。確かにゴッホ、ゴーギャンともにアルルに住んでいたことは知っていましたが、まさか、おなじ家の中で部屋が隣どおしだったとは。驚きでした。
さて、展示会場を一周しカタログを購入後、一休みの場所を探しました。
ここは、2階、3階部分に中に浮くような感覚で、カフェコーナーがありました。3階はポールボキューズ。お茶だけでは入れそうにないので、2階のへ。館内歩き通しだったので、しばしの休息に救われました。

コメント

“ゴッホ展2010” への1件のフィードバック

  1. ドンカンはツミであるのアバター

    没後120年 ゴッホ展 こうして私はゴッホになった@国立新美術館

    友達に誘われて、足を運びました。
    私、美術展は、基本的に好きなのですが、印象派は苦手なのです。
    だから、ゴッホが偉大だということは、わかっているのですが、友達に誘われなければ、来ようとは思いませんでした(東京都庭園美術館の「香水瓶の世界」にしようと友達に提案するつもりでした)。
    でも。
    来て良かった!!
    私は、ゴッホについて何も知らなかったんだなぁと、来てよくわかったんです。
    ゴッホは、絵画について正式な教育を受けていませんでした。すべて独学です。色彩理論は本で学び、デッサン…

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