
Passage Jouffroy、Passage des Panoramas、Galerie Vivienneと、三本のパサージュを体験しました。パサージュの中にはいると、なんか空気が淀み、時間がとまっているような感覚とともに、どこか遠い過去にタイムトラベルした感覚になりました。そんな感覚を感じるのは私だけではないようです。
鹿島茂さんの「パリのパサージュ―過ぎ去った夢の痕跡」という本を読み、パサージュについて教えてもらいました。パサージュ、フランス語での正式な名称は「Passage couverts(ガラスで覆われたパサージュ)」。パリに現存しているPassageは19あります。
19.Arcades des Champs Elysees
古いモノは1800年の開設。そのころ日本は、江戸時代。東海道中膝栗毛が出版された前後。かたや、巴里は、産業革命の洗礼を受け、いろんな思惑をもった人たちによって、鉄とガラスでできたパサージュの建設が始まった。しかし、オスマンのパリ大改造によって、乗合馬車から鉄道、パサージュから百貨店への、人の流れの変化とともに忘れられていき、33年前、1982年にベンヤミンの「パサージュ論」出版によって、21世紀によみがえってきた。
1927にドイツからパリに来ていたヴァルター・ベンヤミン。ベンヤミンは、まだ残っていたパリのパサージュを歩き廻り、国立図書館で古い資料を漁って、近代社会のすべての思想的潮流はパサージュの建設に始まることを証明する大作「パサージュ論」のためのノートをとり続けた。この走行は、ナチスに追われたベンヤミンの自死(1940)により盟友ジョルジュ・バタイユの手で国立図書館に隠された後、戦後に発見されて、親友のアドルノのもとに送られ、1982年に至って、ようやくズールカンプ社から刊行されることになる。(引用:鹿島茂・パリのパッサージュ)
Passageが多く存在する、2区、3区は、Saint Germain D’Présとは違った雰囲気を感し。オスマンがパリを大改造する以前、中世以来そのままのパリが眠っていて、どうもなにか、違う地霊(ゲニウス・ロキ)が住み着いている気がしました。
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