巴里見聞録(その51)

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Passage JouffroyPassage des PanoramasGalerie Vivienneと、三本のパサージュを体験しました。パサージュの中にはいると、なんか空気が淀み、時間がとまっているような感覚とともに、どこか遠い過去にタイムトラベルした感覚になりました。そんな感覚を感じるのは私だけではないようです。
鹿島茂さんの「パリのパサージュ―過ぎ去った夢の痕跡」という本を読み、パサージュについて教えてもらいました。パサージュ、フランス語での正式な名称は「Passage couverts(ガラスで覆われたパサージュ)」。パリに現存しているPassageは19あります。
1.Galerie Vero-Dodat
2.Galerie Vivienne
3.Galerie Colbert
4.Passage Choiseul
5.Passage des Panoramas
6.Passage Jouffroy
7.Passage Verdeau
8.Passage des Princes
9.Galerie de la Madeleine
10.Passage Puteaux
11.Passage du Harve
12.Passage Vendome
13.Passage du Grand Cerf
14.Passage Bourg L’Abbe
15.Passage du Caire
16.Passage du Ponceau
17.Passage du Prado
18.Passage Brady
19.Arcades des Champs Elysees
古いモノは1800年の開設。そのころ日本は、江戸時代。東海道中膝栗毛が出版された前後。かたや、巴里は、産業革命の洗礼を受け、いろんな思惑をもった人たちによって、鉄とガラスでできたパサージュの建設が始まった。しかし、オスマンのパリ大改造によって、乗合馬車から鉄道、パサージュから百貨店への、人の流れの変化とともに忘れられていき、33年前、1982年にベンヤミンの「パサージュ論」出版によって、21世紀によみがえってきた。
1927にドイツからパリに来ていたヴァルター・ベンヤミン。ベンヤミンは、まだ残っていたパリのパサージュを歩き廻り、国立図書館で古い資料を漁って、近代社会のすべての思想的潮流はパサージュの建設に始まることを証明する大作「パサージュ論」のためのノートをとり続けた。この走行は、ナチスに追われたベンヤミンの自死(1940)により盟友ジョルジュ・バタイユの手で国立図書館に隠された後、戦後に発見されて、親友のアドルノのもとに送られ、1982年に至って、ようやくズールカンプ社から刊行されることになる。(引用:鹿島茂・パリのパッサージュ)
Passageが多く存在する、2区、3区は、Saint Germain D’Présとは違った雰囲気を感し。オスマンがパリを大改造する以前、中世以来そのままのパリが眠っていて、どうもなにか、違う地霊(ゲニウス・ロキ)が住み着いている気がしました。

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