自由の命運

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自由の命運 : 国家、社会、そして狭い回廊
著者 : D・アセモグル、J・A・ロビンソン
出版 : 早川書房
アメリカ、フランス、イギリス、ロシア、中国そして日本。旅してきた国、身近な国。その国の様子をみていると、自由や平等とは何か?と、考えてしまうことがある。
どうして、自由や平等が保証されている国、ありがたみがまったく判っていない国、まったく保証されない国、など、差異が生まれてくるのか?所詮、種として1種類でしかない人類が持っている社会的集団のはずなのに?
と、どこかで心の中に、引っかかっている。
その解をみつけたくて、ときどき、まったく門外漢の本、
・銃・病原菌・鉄(ジャレド・ダイアモンド)
・サピエンス全史(ユヴァル・ノア・ハラリ)
・国家はなぜ衰退するのか(ダロン・アシモグル)
・劣化国家(ニーアル・ファーガソン)
に手を出してしまう。
この本もそういう本だった。
自由は国家・エリートがもつ統制力と社会がもつ活力、国家を監視する力がせめぎ合う、とても狭い回廊の中でしか維持できない。強力な国家に、英国の政治哲学者ホッブズが提唱したリバイアサンという名をつけ、国家が強くなりすぎれば「専横のリヴァイアサン」(独裁国家)が生まれ、逆に弱すぎれば「不在のリヴァイアサン」(無政府状態)に堕してしまう。専横と不在のふたつのリヴァイアサンに挟まれた「狭い回廊」に入り、国家と社会のせめぎ合いをへて「足枷のリヴァイアサン」を生み出した国だけが、自由と繁栄を維持できる。というのが著者の主張。
その主張の根拠を求めて、古代ギリシア。中世イタリアのコムーネ。マグナカルタ時代のイギリス。建国当初のアメリカ。ワイマール憲法がナチスに負けたドイツ。混迷のアフリカ諸国。中央アメリカでありながら混迷を脱出できたコスタリカ。カースト制の箍をはずせずもがくインド。国が消えてしまったシリア。アッバースの子孫であるサウジアラビアやイラク。法家と儒教の間を揺れ動き,ついぞ、市民の政治参加は実現しないまま現在に至ってしまった中国。「足枷のリヴァイアサン」に入ったチリ、南アフリカやスエーデン。などなど、世界中の数々の国々に、時間と空間を超越して、旅に連れ出してくれた。
ひさしぶりに、腹落ちする本だった。著者の力量に脱帽。

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