沖縄「戦争マラリア」
大矢英代 著
あけび書房
大矢英代 著
あけび書房
戦争マラリア、終戦間近の1945年,昭和20年。波照間島の人たちが、帝国陸軍中野学校出身の工作員によって、島民1,590人が、強制的に西表島に強制疎開させられ、1,587人(99.8%)がマラリアに感染し、477人(30%)の人が亡くなっていた。知らなかった。
[八重山のマラリア状況(1945年における)]
※引用:竹富島の歴史
| 場所 | 人口(人) | 罹患数(人) | 死亡者数(人) |
|---|---|---|---|
| 波照間島 | 1,590 | 1,587 | 477 |
| 石垣島 | 19,050 | 10,060 | 2,496 |
| 竹富島 | 1,430 | 77 | 7 |
| 西表島 | 1,627 | 327 | 75 |
| 小浜島 | 1,079 | 862 | 124 |
| 黒島 | 1,345 | 128 | 19 |
| 新城島 | 255 | 144 | 24 |
| 鳩間島 | 560 | 526 | 59 |
| 与那国島 | 4,745 | 3,171 | 366 |
| 八重山全体 | 31,681 | 16,882 | 3,647 |
終戦末期とはいえ、組織が暴走すると、こんなこともおきるのか。まさに、相変異してしまったトノサマバッタによる蝗害(Locust plague)ような行動。
サトウキビの生育を中心にした、静かな島の生活が、直接には何の関係もない、東京からの影響によって一変してしまい、命を落とさなければならない不条理。
1982年7月、私は、こんな悲惨な歴史も知らず、素朴に青い海、星の砂を観たいだけで、世の中のことをなにも知らない若者として、竹富島に立っていた。コンドイ浜からは西表島が見えた。
1982年に見えた空も海も、1945年に見えたであろう空や海と、なんら変わらなかっただろうに。
そして、2020年。中国が海洋進出してきている現在、またぞろ、先島の人たちが犠牲になるのだろうか?いつの間にか、自衛隊の装備実装が各島で進んでいた。
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