
Passage Jouffroyのむかいにあったパッサージュは、Passage des Panorama。
パリで最古のパッサージュだったんですね。オープンは1800年。
こちらのパッサージュはレストランがならんでいるパッサージュでした。

お昼をすぎてしまったけど、まだ、昼食前だったので、レストランを物色。少し見て回ってからお店を決めることにしました。その中のひとつ、Canard & Champagneに入ることにしました。Canardって鴨のことですよね。うっかり、忘れていました。

テラス席と屋内席があったのですが、ギャルソンサンの目が届くのは屋内の方だろうと読んで、屋内に入ることにしました。3人ですというと、紙を短く刈り上げサクサク動くベトナム人系ギャルソン兄さんが一番奥の席に通してくれました。どこの店も我々を置くに入れるんですね、日本人だからかしら?
周りは近所の事務所で働いている方々の様子。お昼休みは2時まで組と、二時半まで組みがある様子。二時半を過ぎると、店内、だいぶ空いてきました。

ギャルソン兄さんに三人バラバラのオーダーをしたから、混乱させてしまったかしら?
娘さんは鴨肉のハンバーガーランチを注文。

かみさんは、ランチのサーモンを、私は、ランチのサーモンと白ワインと、デザートを注文。

デザートに頼んだ料理は、娘さんと私で違いました。私はチョコレートムース、娘さんはソルベ。ソルベのシャーベットは不思議な味がしました。ハーブが混じっているのだと思います。後味が爽やかでした。

チョコレートムース、こってりと、ココアパウダーがのっていて。美味しゅうございました。

ここのトイレは地下1階。チョークで書いた落書きがたくさんありました。よく見ると、チョークが置いてあって、落書きを進めている様子。ここは、フランスの数学の大家、デカルト、オイラーに経緯を表し、オイラーの公式を書いてきました。あれ?オイラーはドイツ人だったかしら?
そう、この店、シャンパンのリストがしっかりしていました。それはそうか!シャンパンの店ですものね。ここで、この店のもう一つの自慢は鴨,Canardと気がつくべきでした。テラス席では、老夫妻がゆっくりランチを赤ワインを飲みながら楽しんでいました。肉を食する事を大事にしてるんだなあ、と思いながら、老夫妻を眺めていました。彼らが食べていた肉、ずいぶん赤身の肉だなな、とボーッとみていました。いや、あれが、鴨肉、Canard、ここの店の名物料理だったのんですね。サーモンもハンバーガーも美味しゅうございました。この店、もう一回、来てみたいです。柱の木目に歴史が刻まれていました。釘穴や扉をとりつけてあったちょうつがいの跡とかが判るんです。今度こそ鴨肉をたべなきゃ。ここだったら、鴨のコンフィもあったのかしら?じゃない!鴨のコンフィが名物料理の一つだった。あーーーー。
D’où venons-nous ?
Que sommes-nous ?
Où allons-nous ?
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巴里見聞録(その49)
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巴里見聞録(その48)

Passage Jouffroy,ここはまさにラビリンス。迷宮に迷い込んだように、目がクラクラしました。時代がとまっているような、おもちゃ箱をひっくり返したような感じ。
個性的なお店がならんでして、おもしろくて、いつまでも見続けられます。雑貨はかりだけど、その一品一品が輝いていました。決して、すべてが新品というわけでもないのですが。

娘さんが行きたかった店は”Paris est toujours Paris“.というなの雑貨店。こういう感覚は日本人もフランス人も一緒なんだなあ。と、思いました。ベレー帽をかぶったおじさんが丁寧に挨拶してくれたのも、このお店。わざわざ、名刺までいただいたもの。ベレー帽は従軍した際に、軍で配給されたものです。と、説明いただきました。

そのとなりの “Pain d’Epicies“も楽しいお店でした。

Doll house用の小物が沢山おいてありました。

この写真の置くに写っているHotel Chopinはブラタモリでタモリさんが階段でこのパッサージュの地下にある通路に降りるときにお邪魔したホテルです。この写真には写っていませんが、ケーキ屋さん“Le Valentin”のショーケースに沢山スイーツがならんでしました。本当においしそうでした。日本人のパティシエさんも働いていらっしゃるようです。

そうそう、この通りでみつけたお菓子屋“La Cure Gourmande”さん。ここで、おみやげ用のクッキーとカリソンを買いました。店員さんが女子大生くらいの女の子。この子にも丁寧に対応してもらいました。あれ、ここ鉄板のお土産屋さんだったんですね。

Passage Jouffroy、とても名残惜しかったのでしたが、そのむかいもPassage。おもしろそうなので、むかいのPassageに渡ってみることにしました。 -
巴里見聞録(その47)

Lafayetteでお買い物のあとは、Passage巡りをすることにしました。最初の目標はPassage Jouffroy。Lafayetteからはオスマン通り/Boulevard Haussmanをまっすぐ進むだけだし、歩く時間も数分のようだったので、そのまま歩いてみる事にしました。さすがはパリの銀座、人の出が賑やか。お店もLafayetteの周りは観光客目当ての店が多かったものの、少し歩くと落ち着いたCafeもありました。おっと、スターバックスもありました。
オスマン通りをあるいていると、ちょうど、建物と建物の間から、サクレ・クール寺院が見えた場所もありました。こういう所のように、近くの建物の間から、遠くの建物が重層的に見えるのがパリの風景を面白くしている気がします。これもオスマン知事が手がけたパリの都市計画による意図的なものなんでしょうね。
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巴里見聞録(その46)

Galeries Lafayette Etagé 5は文房具売り場。まさに、横浜高島屋さんの感覚が通用しました。ただ、入っているモノが、日本のものよりもセンスがいいものは多いように見えてしまいます。フランス人のこのデザイン感覚の高さは、どこから来るのでしょうか?
不思議です。
知りたいです。
このフロアーから降りるとき、エスカレータ横でかわいいBluetooth Speakerを見つけました。“LEXON MINO”。日本でも普通に売っているだろう、日本に戻ってから買えばいいやと思い、買ってこなかったのですが、さにあらず。日本には、まだ入っていないメーカーのようです。後でわかったんですが、このスピーカー、ニューヨークのMOMA近代美術館のミュージアムショップでMOMAコレクションとして販売されているほど、デザイン性をみとめられた代物。
帰国後、Amazon.co.jpでも楽天でもみあたらず、うーむ。そうだ、Go Globalとおもいたち、Amazon.comのサイトを検索し商品を発見。Click!。発注。北米のAmazonの物流センターから日本の我が家にUPSで届きました。9/26に発注。9/29に到着。4日!すごいです。世の中のスピードが全く別次元になっていることを実感。
かたや、Galeries Lafayetteも、この階まで上がってくると、人もまばら。デパートという業態が世界中で曲がり角、うまくいっていないということなのかなあ?と、思いました。デパート、大好きなのになあ。

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巴里見聞録(その45)

Musée de l’Orangerie からGaleries Lafayetteまで、Bus42号線に乗って、Concorede Cours la ReineからChaussée d’Antinまで移動。バスは平日のビジネスアワーで混んでいるパリのと真ん中をガンガン飛ばします。それに負けず、周囲の車もガンガン割り込んできます。しかも、車の横をママチャリ仕様の自転車に乗ったマダムがスイスイと走って行く!オペラ座の横を通り抜け、あっという間につきました。
バスから降りると、そこはGaleries Lafyetteの真ん前。いろんな人が歩いています。多様性の爆発です。ゆえに、セキュリティもマックス!Gallary Lafyetteの入り口にも、スーツをきたゴツいセキュリティ係のおじさんに、
”おまえのsac à dosé/リュックサックの中身を見せろ。”
と、よびとめられました。
Galeries Lafayetteの1階は化粧品のテナントばかり。そこをあるいているのは中国人ばかり。中国語ばかりがきこえてきます。東京銀座三越と同じ風景。見上げると天窓がキレイにデコレートされていました。5階くらいに登ってわかったのですが、この天窓。太陽光を取りいれている本当の天窓ではなく、LED照明をバックライトにつかって光らせている構造でした。エスカレーターを使って、上の階にのぼってみました。どの階に何があるのか?なんか、日本のデパートと同じ感覚。というか、日本が真似をしているのでしょうね。

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巴里見聞録(その44)

オランジュリー美術館からバスに乗って、Gallary Lafayetteに向うことにしました。バス停でバスを待っている間、周りをウロウロしました。コンコルド橋のたもとで、皆さん、写真を撮っています。
どこを撮っているのだろうと、カメラの方をみて驚きました。おお、アレキサンドル三世橋、エッフェル塔、そして、青空に浮かんだ雲のバランスがよく、まるで絵葉書です。おもわず、一枚パチリとさせていただきました。ここ、絶景ポイントでした。どうも、パリにはこういう絶景ポイントがある気がします。しかも、意図的に作られた絶景ポイント。
さて、バスがきました。Gallary Lafayetteにむかいましょう。
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巴里見聞録(その43)

ようやく、オランジュリー美術館で一番有名な、モネの睡蓮の絵とご対面です。
25年ぶりの再会です。オランジュリー美術館は1999年に改装を開始、2006年に改装を終え、1階に睡蓮の間nympheasができたんですね。25年前と比べるとずいぶん明るくなった気がします。ひょうたんのような楕円形の空間が二つ繋がっている形状。無限大、インフィニティ?つなぎの2間を使い、蓮池の一日の様子、朝、昼、晩の時の流れが描かれていました。
睡蓮の絵を観ている人が多く、モネは今とても人気があることがわかりました。

これでは、モネのほんものの蓮池があるジベルニーは相当混んでいるんでしょう。今回は、旅程の都合がつかず、ジベルニー訪問を諦めましたが、いつか、行きたいです。
モネは、睡蓮の絵をどうやって描いたのでしょうか?絵に近づいて、絵そのものを見ていると、油絵の具がのたうちまわっているだけで、けっして、睡蓮の花には見えません。でも、少し離れて、絵を見ていると、それが睡蓮の花に見えてくるのです。ふしぎなものです。おもしろくもあります。人の目の認識のくせを利用しているのでしょうね。絵が写真と違うのは、こういうところなんですね。人は何を見ているのか?絵を描く人と絵を観る人は、同じ作品を同じように観ているのか?表と裏のように見分けているのか、見分けられるのが画家なのか?

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巴里見聞録(その42)

オランジュリー美術館に入館した私.地下の階の展示ルームから観ることにしました。この地下ルームに、ピカソ、モディリアーニ、セザンヌ、ルノワール、マチス、それにマリーローランサンやユトリトの作品がありました。みなさん、お久しぶりです。お元気でしたか?
セザンヌの”Paysage au toit rouge ou le pin d’Estaque/赤い屋根のある風景あるいはレスタックの松の木”。一般的には、どこの風景を描いたかわからないとされているが、私にはピンときた。これは、セザンヌのエクスのアトリエの庭から見える風景に違いないです。実際この風景を見てきましたから。レスタックの松は想像の産物かも知れませんが。
ユトリロの”Rue du Mont-Cenisモン・スニ通り”。サクレ・クール寺院の裏、クリニャンクール地区の坂。ユトリロがよく知っている近所の坂。彼にとってはこれが彼の世界。彼は生涯の間、どこまで移動したことがあったのだろう。遠い異国の東洋人が、この絵を見るとおもって、この絵を描いただろうか?プーシキン美術館にも似た作品がある。
オルセーでピカソを観たせいか、今回は、ピカソが非常に気になりました。“Femmes à la fontaine/水浴する女たち”などなど。
オランジュリー美術館というとモネの睡蓮の絵の美術館といわれるけど、私にとっては、これら印象派の作品との出会いの方が印象強い美術館です。 -
巴里見聞録(その41)

オランジュリー美術館は場所が判っていたので、べつにGoogle Mapを見る必要もなく、歩けるところでした。ただ、ここもセキュリティ。バリケードがConcorde広場に張りめぐられていて、直接、Jordin Tuileriesに入ることができません。ぐるっと回り、角の狭い入り口からはいることになりました。
ここが、本当の意味での鬼門でした。入り口の所にマロ風の女性が二人立っていて”アンケート”といって、近寄ってきました”来たか!これが、スリの手口か”
と、女性を無視して、美術館の方に歩いて行ったら、その女性、私のサックのチャックに手をかけてきたのです。急いで走って、逃げました。サックのファスナーにダブルクリップをつけておいて助かりました。
獲物を狙うには、獲物に逃げ場所を与えないこと。
逃げ場所のない狭い通路なので、スリにはもってこいの場所でした。やはり、無用心でした。これが、パリの現実なんですね。このアンケート攻撃、その後、よく街中を観察していると、街のあちらこちらで見かけました。
Museé de i’Orangerieは見術館の中がずいぶん変わっていました。
おっと、その前に、ここにもセキュリティがありました。厳重でした。クロークに荷物を預けるときに、係のおばさんに英語で日本人かと聞かれました。妙に、なれなれしいなあと、おもってしまいました。ここのくろーくは、ルーブルにくらべると原始的、あずかり証として、番号の書かれたひものついたバッチをわたされただけでした。結局、このおばさん、我々が帰るときには、我々の事など忘れ、事務的に荷物を返してきました。フランス人だからと一概には決めつけられないですが

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巴里見聞録(その40)

目的のバス84番線に、乗ったのはよかったのですが降りる予定だったConcorde広場で下車できませんでした。降りようと、バスの停車ボタンを押したのですが、時すでに遅く、バスはConcordeを通過してしまいました。その先のMadelineで下車し、Place de la Madlineにそって歩き、Rue Roylae通りにでて、Concorde広場まで、歩いて戻りました。
これはこれで、面白かったです。Madlineの目の前に、Laduréeもあることも発見できましたし、Madline周辺はトップブランドが集まっていることもわかりました。

Rue de Faubourg Saint-Honoréに面したPradaのお店。ここのマンション、装飾がとてもキレイでした。アールヌーボー風というか。

Rue de Faubourg Saint-Honoréの通りの上に、何か書かれたのぼりがつりさがっていました。Rue Royaleをはさんで、Rue Saint-Honoréには、一方に”Saint Honore loves fashion week”と、一方は”Welcome to Fashion Week”と書かれてました。こういうディスプレイにもセンスを感じます。

Concorde広場は、観光客でいっぱい。いったいどこから、湧いてきたのだろうとおもうくらいです。きょうの天気は、前日から一転し、ほぼ雲のない、パリ晴れ。オベリスクの先にエッフェル塔が見えました。わたしたちも、ザ・観光客。世界のお上りさんでした。
