D’où venons-nous ?
Que sommes-nous ?
Où allons-nous ?

  • 巴里見聞録(その39)

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    Bonjour!
    昨日の天気とはうってかわって快晴の朝です。パリ滞在も4日目。ここに居られるのも、あと2日。だんだん、おみやげが気になってきましたが、この日は、オランジュリー美術館、ラファイエット、パッサージュ巡り、パレ・ロワイヤル、サン・シュルピス教会をめぐりました。
    まずは、オランジュリー美術館へ。そこへもBy Bus。84番線を使い、乗車SaintSulpice-降車Concordeで行けそうです。84番線のバス停はSt.Sulpice教会の前です。朝、St.Sulpise教会に挨拶をしてバスに出発。
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    そう、このバスに乗るために、起きてすぐ、St.Germain des Présの地下鉄駅に行ってきたのでした。
    平日のパリの朝。パリジャン、パリジェンヌ、朝が早いです。出勤、登校が始まっていました。パリの街中も日曜日でお休みだった昨日と違って、車通り、人通りに活気がありました。自分もパリジャンのふりをして、地下鉄の駅に降り、丸ねの販売機の前に立ち、おもむろにカルネを買うつもりでした。あれ?クレジットカードの暗証番号がinvalideと販売機の画面に表示されてくる始末。もう一方の販売機を操作したら、成功しました。となりでも、小学生のお兄ちゃんがカルネを買っていて、私の挙動を不思議そうに観察していました。地下鉄の駅は風が寒かったです。けど、パリジャン、パリジェンヌはさっそうと駅からでていきます。
    パリの地下鉄には、東京のパスモのようなICカードもある?でも、顔写真がいる様子。だから、地下鉄の駅に顔写真撮影ボックスが必ずあったのかな?しまった。係員さんのいる駅で、係員さんに聞いておくべきでした。
    旅行から帰ってからしらべました。パリ市は”NAVIGO”という、交通系ICカードに地下鉄、バス、自転車を統一済み。東京よりも先行しているモビリティの街でした。短期滞在には週間パス“SEMAINE21.25€”が有効だけど、有効となる期間が「月曜日から日曜日まで」と定められていてるので、週末にパリに入った旅行者にとっては利用し難しとか。うーむ。
    ■参考サイト
    ・パリのメトロが乗り放題!新しいNAVIGO(ナヴィゴ)の使い方をチェック!
    ・Navigo monthly and weekly travel passes
    ・ナヴィゴ デクーヴェルトの買い方・チャージの仕方

  • 巴里見聞録(その38)

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    ホテルに戻り、マカロンで一息ついたのち、夕食の相談です。今日は、かみさんが体力の限界の様子。外に出る元気もないようなので、夕飯を娘と買い出しに行くことにしました。むすめさん、迷わず、MONOPRIXに行く!と、宣言。
    MONOPRIX
    52 Rue de Rennes, 75006 Paris
    St.Germain des Prés Rue de RennesにあるMONOPRIXにGoです。ついて行きますワン!むすめさん、ズンズン、ドンドンMONOPRIXにむかいます。ここにMONOPRIXがあることを、娘さんは前々日の街歩きで学習していた様子。自ら先頭になってズンゼン前に進んでいきます。おっと、Agnès b.もありますね。
    Agnès b. Homme Paris Store
    10-12 Rue du Vieux Colombier, 75006 Paris
    MONOPRIXに到着。食品売り場には、エスカレーターで地下1階に降ります。ええ、まるで、地元のイトーヨーカ堂です。基本的な衣食住の材料はここで揃うようでした。エスカレーター側が衣料、奥が惣菜、野菜、冷凍食品、飲み物。子供用のお菓子が最も奥。棚割がヨーカドーとにているので、むすめさん、自信を持って歩いています。ただ、かみさんに買ってきなさいといわれたBIOジャムはなさそうでした。
    そうそう、夕食の材料を買いに来たのでした。が、始めに見つけたのは、HARIBOのオランジーナ味。むすめさん、やっと見つけたの図。次に見つけたのが、IPAビール。よくみたらMade in Japanでした。
    なまのブドウが美味しそうだし、安いようなので、買ってみることにしました。2,3種類がありましたが、その中から、最も安くて、房の形がいいものを選びました。計量はセルフ。ふどうを紙袋に入れ、棚の横のカゴにのせ、計量すると、Kgあたり価格が計算されました。シールに価格が印字され、上袋にはるだけ。
    ボストン留学経験のある娘さんは手はずを知っている様子。
    次に惣菜を選んでいきましょう。
    ・ナスとトマトのサラダ
    ・インゲン豆のサラダ
    ・キッシュ
    ・ラザニア
    を、アフリカ系のお兄さんに注文。
    もっと、いろんな種類をすこしずつ注文していたかったけど、これが一番小さいサイズだよ、と、お兄さんに見せられ、了解しました。ここも、計量して価格のついたシールを貼るだけ。その後、文房具なども物色しました。これらを、セルフレジで会計して退場です。
    日本ではみたことのない冷蔵棚がありました。これ、なんだろうと、よくみたら、熟成肉の肉塊。La Cave à Viande・ミートセラーというのが妥当なようです。日本では熟成肉なんて、よっぽどのお店でないとみませんが、フランスではイトーヨーカ堂に置くくらい普通の風景なんですね。
    Metzger Frèresという熟成肉ブランドがあるようです。
    ホテルに着き、部屋でこれらをイスの上に置き、ささやかな晩餐。18:30になると、St.Sulpice教会の鐘の音が街に響きました。ヨーロッパに居ることを実感しました。

  • 巴里見聞録(その37)

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    神様のお導きにより、無事にSevrés Babyloneに到着した私たち、ホテルに着く前に、ピエールエルメを見つけ、お店に入る余裕も出てきました。
    Boutique Bonaparte
    72 Rue Bonaparte
    75006 Paris, France

    マカロンの聖地の一つだからなのでしょうか?きれいに並んだマカロンがショーケースに並んでいました。お店のお姉さんも、巻き髪をもりもりのお姉さん。まさに、パリジェンヌ。お店の中に、日本人のかたもいらしゃった気がします。
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    ホテルに帰って、早速いただきました。マカロンはできたてを食べるに限ります。マカロンがこんなに美味しいモノだとは知りませんでした。この、おいしいこのマカロン、日本のみなさまにも食べてもらいたいものです。でも、このパリの空気を吸いながら食べなければ、このマカロンの味を楽しむ事はできないのでしょうね

  • 巴里見聞録(その36)

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    今回、実はここからが、珍道中。
    最寄りの地下鉄駅から地下鉄に乗って、ホテルに帰る予定だったんです。
    雨に濡れつつHaussman大通りを歩き、Ave. Percierに曲がり、Rue La Boétieにぶつかり、Miromesnil駅を見つけました。ここまでは、よかったのですよ。
    Miromesnil駅から13号線に乗り、Duroc駅で10号線に乗り換え、Mabillon駅に到着して帰る予定だったのですが、13号線ではなく、9号線に乗ってしまいました。電車はあらぬ方向へ。Pont de Sévres方面へ向かっています。あれ?あれ?と思っているうちに、ますます進んでいきます。知らない街で、天気の悪いときは、あまり、ジタバタしてもしかたがないので、Michel-Angeで10号線に乗り換え、Mabillionまで行くことにしました。みなさん、ブーブーです。
    でも、どっこい、次の罠が待っていました。10号線のMichel-Angeの駅、二カ所にありました。上り専用駅と下り専用駅で二カ所。Michel-Ange-Auteuilは、Boulogne P.DE St. Cloud行き専用。Michel-Ange-Molitorは、Gare d’Austerlitz行き専用。行き先に応じて2駅を使い分けなければならない。一駅手前のMichel-Ange-Auteuilで下車してしまったので、当然、10号線Mabillon方向に向かう電車は来ず。雨の中を次の駅Michel-Ange-Molitorまで歩くことになりました。500メートルくらいの距離でしたが、知らない街。とても長くあるいたように感じました。さいわい、このあたりは、お屋敷街でしたが。
    神様のお導きにより、無事に10号線に乗り、Sevrés Babyloneに到着。St.Sulpice教会の美しさに、ホテルからの近さに気がついたのも、このときでした。

  • 巴里見聞録(その35)

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    ジャックマール・アンドレ美術館のカフェ、LE CAFÉ JACQUEMART-ANDRÉの席にすわり、メニューを拝見。L’heure du déjeunerの中のキッシュが美味しそうです。これにしました。かかりのお姉さんがやってきて、
    “May I have your order?”ご注文は?と、英語がきました。。
    ランチタイムセットを2つ、ティーを1つおねがいします。
    と英語で言っても通じず。娘が介入。娘が英語で再度オーダー。
    お姉さん、
    ”がってんだい!”
    と言った様子でした。
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    先にキッシュの皿が到着。キッシュと言っても日本でたべるような、薄いキッシュではなく、けっこう厚手のヘビー級キッシュでした。ここまでお昼ごはんをたべないでいたので、とても、おいしくいただきました。付け合わせのサラダも美味しゅうございます。フランスに来て初めて生野菜を食べた気がします。パンは外がサクサク、中がモチモチのフランスパン。C”est bon!です。
    キッシュの皿を空けた後、しばらくしてからThéが運ばれてきました。
    でも、いくら待てどもデザートのオーダーをとりにきません。忘れられたのですかね?フランス人は席に居座るのが当たり前、時間なんか気にしないから、ギャルソンさんに、声をかけないのが流儀なのか、わからず。
    ”会計をお願いします”
    と、なんとか、私の席担当外のお姉さんを捕まえて話すと、私のテーブル担当のお姉さんが出てきて
    ”ごめん、忘れていた。これからでもどう?”
    と、言われました。
    が、このカフェ、冷房というか、空調がきいておらず、ムシムシしていて我慢できなくなり、出ることにしました。会計もけっこう、トロかったです。店員教育、よろしくお願いします。
    もしかして、ここの人たちは、公務員なのかしら?働こうが働くまいが、給料は一緒なのかなあ?だとすると、この接客は理が立つ。街のギャルソンさんなら、さっと来て、すっと帰るのに。
    ここのCaféはティエポロの天井画が見下ろす、アンドレ家代々のダイニング。調度品も雰囲気がよく、接客だけが心残り。展示室も見ることができなかったことも、心残り。心残りがおおい美術館でした。また、来てね。と、お誘いをうけたと考えるようにしました。
    はい、まだ今度、伺います。
    Cafe

  • 巴里見聞録(その34)

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    ジャックマール・アンドレ美術館。入館の行列に並びましたが、いっこうに進みません。これでは、風邪をひいてしまいそうです。昼ご飯も食べてなくて、おなかがへっていたので、鑑賞のほうはあきらめ、Salon de Théだけでもりようできないか?と、思い始め、列を出て、係のおじさんに尋ねてみました。
    ”Salon de Théだけの利用であれば、チケットはいりません。右側を通って、奥に進んでくださいい。”と言われたので、列を離れ、門をくぐり、中に入り、右脇を歩き進みました。
    あれ?Salon de Théにはいる人の行列もできていました。
    いやはや。
    砂利が敷かれた道路を進んでいくと、奥にお屋敷が見えてきました。その向かいに、美術館付属のSalon de Thé入り口がありました。
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    ここも行列が長く、なかなか邸宅内に入れません。列に並ぼうとすると、係の人に、”Vous-avéz chiket?”と、聞かれました。
    ”えっ?チケットはいらないよ。と聞いたよ。 Caféの利用だけなの”
    と、答え、ようやく列に並ぶことができました。この時点で午後二時。
    ランチでの利用は午後二時半までです。中に入ってランチを取れるかどうか、怪しいところ。気をやきもきしていたら、
    ”Conbien?”と、係のお姉さんにきかれたので、
    “Troi!”といったら、
    “Come on!”と、ここら英語。せっかく、フランス語を勉強してきたのに!
    三人席が空いたので先に通してくれたようです。私たちは、部屋の奥すみをいただきました。ここから、部屋全体の様子がよくみえました。確かに、中は混み混みでした。席についているフランスのMadam et Moussuéは語る語る。レストランの中がワイワイ賑やかでした。隣は、お一人様のおじさん。その隣は、おそらくアメリカから来た老夫婦。後ろは、これもアメリカからの団体さん。と、三方を外人に囲まれました。さらに、お一人様のおじさんと、老夫婦は、なにやら会話を開始。おひとりさまのおじさんの怪しい英語に老夫婦がつきあっている図でしたが。

  • 巴里見聞録(その33)

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    次に、凱旋門から、ジャックマール・アンドレ美術館にむかいました。ジャックマール・アンドレ美術館/Musée Jacquemart-Andréはいわゆる邸宅美術館。昨年、ボストンで観に行ったイザベラ・スチュワート・ガードナー美術館に似ている美術館のようなので、行ってみたくなり、足をのばしてみました。
    が、、、、、
    雨が本格的に降り始めました。Google Mapでバスルートを調べると52番線、Opéra-Parc de St-Cloud線が最適ルートのようです。Charles de Gaulle-Étoile–Balzac–Friedland-Haussmann–Haussmann-Courcellesと乗り継ぎました。オスマン通りBoulevard Haussmannをまっすぐ降りて7分で到着するとか。強風の雨の中、傘を差しバスを待ちました。私たちの他にもバス待ちの人がいました。
    バス停を3個数えて、下車。おっと、すぐそこに、フランス版セブンイレブン”Monop’“があるじゃありませんか!娘さんはHariboを捜していたおうですが、私はちょっと歩いてノドがかわいていたので、ここでl’eau minéral avec gazのSANPELLEGRINOを購入。シュワシュワが気持ちいいです。
    ジャックマール・アンドレ美術館は、バス停の反対側にありました。
    えっ!すごい長い行列です。なぜ?Pourquoi?
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    9月21日からCARAVAGE/カラバッジョの企画展が、ここジャックマール・アンドレ美術館であるからでした。今日23日は、その最初の日曜日。そういえば、地下鉄の構内や街中でカラバッジョの企画展のポスターをよく見かけていました。そのときは、”へー、カラバッジオ展やるんだ。”くらいの認識。まさか、ここ、ジャックマール・アンドレ美術館で展示されるとは思いませんでした。もっと、街中の情報に敏感にならなければいけないところでした。
    雨が降り、風が吹く寒い中、三人で行列に並びました。
    いっこうに前に進みません。。。。

  • 巴里見聞録(その32)

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    地下鉄の駅改札を出ると凱旋門の外周、シャンゼリゼ大通りとは反対側にでました。あれ?ここにでた?どうも、パリの地下鉄は苦手です。半周歩き、凱旋門の下にでる入り口をみつけました。中はほの暗く温かい色で証明されていました。この感覚がフランス人の感覚がニクい!
    階段を上ると、そこにセキュリティが!!しかも、入場パス持ちと、パスなしで列も違う。差別待遇!
    ミュージアムパスポートをもっている我々は、すーっと入れたわけでもなく、結局、セキュリティはセキュリティ。リュックの中を目検で点検されました。
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    1階入り口から屋上をめざしました。ずーっと続く螺旋解散を登り上がり、上がり、上がり、息が上がります。一気に登り切ることができません。ゼーゼーハーハー。一番体力のないかみさんは顔色がだんだん白くなっていきました。25年前に来た時も、ここを自分の脚で登ったはずなのですが、階段がこれほどつらかった印象はなく、時の流れ、自分の老いを痛感しました。
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    屋上は、ガラスでできたセキュリティ小屋以外は25年前をと同じ。ただ、天気がいまいち。風がすごく髪が乱れました。寒いです。なかなか屋上にとどまって景色を楽しむ事が、むずかしかったです。
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    とはいえ、シャンゼリゼ大通りは何回見ても美しい街並みです。高層ビルもありません。ケバケバしい看板もありません。統一された色調の建物が整然とならび、その間を緑が埋めています。美しい街、きれいな街を意思として持っている街だからこそこの景観がうまれるのでしょう。

  • 巴里見聞録(その31)

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    ビル・アケム橋を渡り、Port Debilly/Pont d’iéneの交差点からAvenue de NewYorkを渡りました。おっと、左側から自動車が接近。ここはフランス、車は右側通行。ゆえに、車は左側から近づいてくるのです。
    トロカデロ庭園に到着。トロカデロ庭園では、カルーセルが営業中。誰も乗っていなかったけど、可搬式なんでしょうね。コンサート・イベント用の足場が組み立てられ始められていたのか?クレーン車をみかけました。どうもどこでもクレーン車を見かけます。
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    シャイヨー宮のテラス、ここ、25年ぶりに来ました。当時は、ローラーブレードをはいたお兄さん達がたくさんいて、この広場で遊んでいました。
    みなさん重い思いに写真を撮っていました。
    お父さんお母さんが、お子ちゃま二人、お姉ちゃんと弟を写真に撮ろうとしていました。お父さんがカメラマン、お母さんが横でみていて、兄弟を撮影中。お姉ちゃんと弟、仲がよさそう。お姉ちゃんが弟の方に近づきパチリ。その横では、ラテン系のお母さんとお子ちゃま2人の三人組。自撮り棒で撮影。お母さん、顔をつくりますなあ。エッフェル塔、あるよあるよ。お兄さん。ここにもいましたね。
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    海洋博物館・人類博物館を横に見て、RATPトロカデロ駅/Trocadéroにおり、六号線に乗車。Ch de Gaulie Ètoile/凱旋門に向かしました。ここまでは、道順を間違えず、順調にすすんだのですが。

  • 巴里見聞録(その30)

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    ビル・アケム橋を歩いている時、歩道に書かれた標識を不思議に思いました。
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    自転車専用レーンの標識?自転車も乗り込んでいいの標識?わかりませんでした。どうも自転車専用レーンの標識だったようです。ビル・アケム橋の1階部分は自転車専用になったいたようです。知らないのは観光客ばかりなり。
    近年、パリは、循環社会をめざし、市内全域において自転車専用道路の整備を実施してきました。La piste cyclable à Paris.その結果、エコモビリティでは有名な都市だっだようです。パリで自転車道の整備が本格的に始まったのは1995年。後に大統領についたジャック・シラク・パリ市長時代に助役を務めていた元パリ市長のジャン・チベリ(Jean Tiberi)氏が推進。
    パリ市の面積は、ペリフェリークの外側にあるブローニュの森とヴァンセンヌの森を除けば約87平方キロメートル。東京山手線内側の63平方キロメートルをやや上回る広さ。市内で完結する移動の多くは三キロメートルにとどまるはず。ならば、自転車で置き換えようとチベリ氏は判断。
    1995 年当初8.2キロメートルしかなかった自転車道を、二年間で100キロメートルにする計画を市長就任時に発表したそうです。でも、自転車利用拡大の契機になったのは、1995年冬、年金改革に反対する公務員が三週間にわたりじっししたストライキ。上がさわいでも、人民が受け入れない限り本物にならない国。
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    2018年現在、約350キロメートルまで規模が拡大されました。(PDF版)レンタサイクルも歴史が長いようで、Velibの前進として、ル・リーブル(Roue Libre)というRATPが運営するレンタサイクルが存在していたそうです。
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    どおりで、ビル・アケムの道路を、電動キックボードにのったお姉さんが走り去っていけた訳です。
    日本では、自転車が歩道を走っていたり、車道を走行していたり、自転車専用道という概念がない気がします。日本では、政治家の谷垣さんをはじめ、自転車の事故が絶えません。かたや、パリは、自転車専用道路が拡大されても、自転車事故は増えていないそうです。合理的な考え方をするフランス人の勝利かな?
    こんどこそ、パリを自転車で走ってみたいです。
    <参考>
    ■Paris à vélo
    ■carte des stations
    ■Piste Cyclable et Station Vélib de Paris
    ■le plan vélo de Tibéri (1996)
    ■パリの自転車レーンを走ってみた