投稿者: howdi

  • 等々力渓谷をいく

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    正月三が日はパワースポット巡りが昨年から恒例になってきました。昨年は鎌倉の長谷寺へいったので、今年は、等々力渓谷と等々力不動尊を訪れてみることにしました。
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    東急大井町線等々力駅を降りると目の前に茅葺きの民家が。
    鈴木さんち?とか。
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    そのすぐ横、成城石井をこえると、等々力渓谷への入り口が、見えました。ここから、かなりおりていきますね。10メートルくらいおりましたかね。この季節、どなたも等々力渓谷など訪れないのかしらと思っていあのですが、けっこう、人が来ていました。
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    渓谷に降りると、そこは一気に静寂な世界。とても世田谷の街の中とはおもえない自然が広がっています。欅、樫、楓などの木々がのびのびと枝をのばしています。葉を落とした木々のあいだから冬の日がこぼれおち、渓谷とは言え、風もなく、とても明るい谷でした。
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    等々力渓谷は国分寺崖線の南端にいちしているのですね。渓谷を歩いていると地層が見えたり、湧き水が湧いていたり、鳥が泳いでいたり。夏の時の印象とはかなり違うのでしょうね。トチの木の下にはどんぐりがたくさん落ちていました。
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    渓谷の終点は等々力不動尊。渓谷から階段をあがっていくと、境内に。普通に初詣にきている方々と、ここで合流です。その横に展望台がありました。見渡すと、紅葉の木が多かったです。紅葉のころは素敵なのでしょうね。
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    不動尊の隣には立派な松がそびえていました。
    いと、すがすがし。
    私の干支は本当は、わんこなのかもしれません。
    一日中、家の中にいる気分になりません。
    一日に一回は外にでたい性分です。
    ただ、風が冷たかったです。。。。

  • ボストン旅行(その17)

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    Beacon Hills,ここはマサチューセッツ州議事堂の裏。自動車が行き交うボストンコモン、パブリックガーデンを過ぎ、チャールズ通りをのぼりArcorn Streetに到着しました。ここは静かな高級住宅街。ボストン出身の建築家チャールズ・ブルフィンチがロンドンのロウハウスをモデルに計画した街。赤レンガと石タタミが落ち着いた雰囲気をあたえていました。
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    どの家も玄関の前にお花が飾られて美観を統一されていました。
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    ガス灯が並び、日が沈むとともに、ともしび、がいい趣を与えていました。
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    とっても素敵な空間です。建国当時のボストンの街並みが偲ばれました。
    ブラーミンということばご存じですか?ホワイト・アングロサクソン・プロテスタントWASP(White Anglo-Saxon Protestant)という概念かもしれないけど、ボストンに初期に入植していたアングロサクソン人から構成される超セレブ、上流階級の人たちのことです。
    ボストン在住の人、ボストニアンであれば、Last Nameを聞いただけで、ああ、この人は、ブラーミンかもしれないとわかるそうです。そのブラーミンがかってたくさん住んでいたのがこのBeacon hills。
    しかも南斜面のみがブラーミンのつかっていた斜面。北斜面は、First Moneyと呼ばれてブラーミンになりきれなかった成金や黒人がすんでいるそうです。
    21世紀の現在、このBeacon hillsの住人は、そのブラーミンの末裔か、よほどの物好。本当のブラーミンは、ボストンダウンタウンを離れ、ノースショアの避暑地に逃れている人が多いそうです。
    「ローウェル家はキャボット家とのみ話をし、キャボット家は神とのみ話をする」とか、限られた狭い社交の中で生まれ、育ち、死んでいくのが、このブラーミンの人たち。ハーバード大学もそんなかれらの為に設立された大学だったそうです。しかし、20世紀以降、アメリカ社会も変化していき、ブラーミンの末裔の一部は目覚めこの弊社会から出ていった人たちもいるとか。しかし、いまだに、家族のつながりを大切にするらしいです。日本人、ここまでは入り込んで行けません。
    かたや、ボストンの南部には1840年頃にアイルランドから移住してきた人がたくさん住んでいるサウシーという南部の地域もあるそうです。そこはアイルランド系の人たちだけでくらしている、こちらも閉社会。
    聖パトリック祭というお祭りが毎年3月に開催されるそうです。そのときには、サウシーから全米に散らばった親族がもどってきて、自分がアイルランド人であることを確認するそうです。
    アメリカは「人種のるつぼ」というけれど、それほど、人は混じりあっていないのではないか?
    と、思いました。きっと、ボストンの街の中でも人種によって、交わる空間がことなるんでしょうね。
    参考
    ■アフター・アメリカ ボストニアンの軌跡と<文化の政治学> 渡辺 靖 慶應義塾大学出版会
    ■ボストン建築探訪 小林正美 丸善株式会社

  • ボストン旅行(その16)


    L.A. Burdick Handmade Chocolates
    (トリップアドバイザー提供)
    BPLからBeacon Hillsには徒歩で向かいましたが、途中、美味しいチョコレート屋さんによってきました。Clarendon.St(クラーレンドン通り)に面しているちいさなお店。
    ■L.A. Burdick Handmade Chocolates
    220 Clarendon St, Boston, MA 02116 US

    店内には、イートインコーナーもあり、ゆっくり寛いでいるお客さんもいらっしゃいました。ゆっくり、喫茶してくればよかったですかね。我々は、おみやげ目当ての観光客にみえたでしょうね。店員さんに、May I help you?と、言われてしまいましたもの。すかさず、娘さんは、このチョコレートはどれくらいもちますか?と、英語で反応していました。おお、成果がでたか!!

    L.A. Burdick Handmade Chocolates
    (トリップアドバイザー提供)
    お店の中にはいろんなチョコレートがあって目移りしました。いろいろ、悩みましたが、マウスチョコを買ってきました。日本には持ち帰れず、娘さんの血や肉となったわけなのですが。
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    チョコレートに対する感覚、アメリカと日本人って違う気がします。ボストンのスーパーマーケットには、普通にゴディバが他のチョコレートといっしょにならんでいるし、日本には入ってこないメーカーも多数ありました。ボストンとシアトルしか知りませんが、アメリカのチョコレート、けっこういける気がします。かたや、日本人にとって、チョコレートってなんか特別は食べ物だし、食べすぎると虫歯になる怖い食べ物という印象が強い気がします。
    さて、お次こそ、Beacon Hillをご紹介

  • ボストン旅行(その15)

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    ボストン旅行記、まだ続きます。投稿スピードが落ちてきているので年末年始をまたいでしまいそう。いや、そうならないようにがんばります。

    さて、今回は、Boston Public Libraryについて、お話をさせてください。

    Boston Public Library(BPL)、設立1848年。BostonをAthens of America,アメリカのアテネにすべく、全米は無論、世界で最初にできた公共図書館。いまの公共図書館に共通の制度、辞典や貴重な本は貸し出さない。一方、多数の利用者が利用を希望する一般書は希望の状況に応じて複数本を用意し貸し出す、すべての住民に対してサービスを行うなどの公共図書館の理念はここでうまれました。

    最寄り駅はCopley。このCopley、トリニティ教会を中心にコプリー広場が広がっている場所ですが、東京でいえば新宿や銀座のような街。ボストン中から人が集まりやすい所。BPLの真正面がボストンマラソンのゴール。道路に大きく【FINISH】という文字が書かれていました。

    Boylston通りに面したJohnson entranceから入る新館は、まるでアップルストアーのようにモダン。図書館という古めかしい名前よりもメディアセンターという言い方の方が正確かも知れません。

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    新館入り口から旧館への通路を通過し、

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    McKimLobbyにはいると重厚建築の図書館が待っていました。おお、確かに、ここは図書館だわ。
    と、感じた次第。

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    閲覧室は複数階にあり、Bates hall,Abbey room,Boylston rooom,Elliott room, Washington room,Cushman roomと、各閲覧室には名前がついていました。

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    三階にはサージェントが描いたフレスコ風の壁画がありました。女神の額の中心には、ダイヤが埋め込まれているとか、確かにキラキラしていました。

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    もっとも感動したのはBates Hall。まるで、ハリーポッターのホグワーツ魔法学校のような雰囲気。高い天井、日当たりのいい窓、重厚なマホガニーのような机、そしてアンティーク調のグリーンランプ。おちつていて良いです。写真におさめたところ、勉強にきている女子学生のお姉さんが微笑んでくれました。こんな環境で勉強ができたるボストン子、ボストニアンがうらやましい限りです。

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    最後は、ダートマス通りに面している、McKim entranceから出てきました。こちらはいかにも図書館という顔をしていました。

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    ダートマス通り沿いにあったオールドサウス協会前ではジョガーを発見。さすがボストン、日中でもジョギングしている人をたくさん見かけました。

    さてお次は、ビーコンヒルズ。赤レンガで趣のある邸宅が並んでいる歴史的風致地区にご案内します。

    ここぞ、THE BOSTONだったんんです。

  • ボストン旅行(その14)

    ■ISABELLA STWART GARDNER MUSEUM
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    ISABELLA STWART GARDNER、ボストン上流階級(Boston Brahmin)に属するご婦人の一人。
    朽木ゆり子著「邸宅美術の誘惑(集英社)」によると、この美術館は、ガードナー夫人が17歳くらいのころパリに滞在中に訪れたミラノのジャン・ジャコネ・ポルティ・ベッツォーリの邸宅の影響をうけ、創られた。ガードナー夫人の鑑識眼を養った人たちには、チャールズ・エリオット・ノートン(ハーバード大美術史教授)、ボストン在住の作家ヘンリー・ジェームズ※作品に彼女が登場している。バーナード・ベレソン、そして岡倉天心も。イザベラがパトロンとして、ボストンにパリのサロンのようなコミュニティを創り、その中心に彼女がいた。まさにナレッジ・ハブ。
    この邸宅美術館、おもしろいです。いわゆるエゴのかたまり。テーマ?ない。まさにいろんな時代、いろんな所の美術品が、展示されていました。
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    中庭。きれいで、すてきな所でした。アトリウムというか、インプルウィウムというか、ペリスタイルというか、古代ローマ時代の回廊邸宅風。アトリウムがアトリエの語源らいしですね。その中庭の周りを4階建の建物が囲んでいます。これが私邸だというところに、イザベラの財力のすごさを感じます。
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    また、サージェントが彼女をジプシーの女として書いた絵EL Jaleoが印象できでした。
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    2階オランダルームには、ルーベンスや、レンブラントの「23歳の自画像」がありました。これらを、間近で見ることができ、幸せ。
    さらに、階段を一段あがった先の3階のタイタンルームには、ティツィアーノの「エウロパの略奪」があり、おもわず、「ここにあったのか!」と叫んでいました。ゴシックルームには、サージェントがイザベラに唯一許可されスタジオとして好んで使った部屋です。彼が描いた「Warren夫人とその娘」に描かれている倚子が実際にありました。「これか!」と、叫んでいました。当時のデッサンの様子が写真でのこっているんですね。
    この美術館、統一感はないのですが、各フロアーを回ると、イザベラが生涯をとおして何に感動したのかは、よくわかりました。この美術館、いまも、ボストン・ローカル・コミュニティのハブとしての活動が活発なようです。美術館のWebサイトをみていると、単なる展示棚というより、もっとアクティブな創作活動の場ですね。ボストンのパトロンでありナレッジ・ハブだった彼女の活動が脈々と継承されているんですね。
    さて、次は、Copleyに移動し、BPL,Boston Public Libraryに行ってみましょう。
    ※邸宅美術館のリスト
    ・バーンズ財団/フィラデルフィア・アメリカ
    ・ポルディ・ペッツオーリ/ミラノ・イタリア
    ・ジャックマール=アンドレ美術館/パリ.フランス
    ・シャンティエ城コンデ美術館/シャンティエ・フランス
    ・マイヤーヴァン・デン・ベルグ/アントワープ・ベルギー
    ・ロコックス・ハウス/同上
    ・ヴァン・ビューレン/ブリュッセル・ベルギー
    ・オスカー・ラインハルト・コレクション/ヴォークトール・スイス
    ・ラングマット/バーデン・スイス
    ・ペギー・グッゲンハイム・コレクション/ヴェネティア・イタリア
    ・ヴィラ&パンザ・コレクション/ヴァーレゼ・イタリア
    ・フィリップス・コレクション/ワシントンDC・アメリカ
    ・モーガン図書館&美術館/ニューヨーク・アメリカ
    ・フリック・コレクション/ニューヨーク・アメリカ

  • ボストン旅行(その13)

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    お昼になりました。ランチです。ホストン美術館の中には、ランチをとれるところが三カ所ありました。
    2階は、現代美術フロアーの本格的レストランのBravo,
    1階は、Shapiro Family Cortyardにある軽食New American Cafe
    地下は、Linde Family Wingから降りるGarden Cafeteria
    訪れた日は雨がふっていなかったので、Garden Cafeteriaに行ってみることにしました。アメリカの学食がこんな感じなんでしょうね。入り口そばにサラダバー、奥には注文に応じて具材を変えてくれるサンドウィッチコーナーが、そして、スープコーナにペットボトル入りの各種飲料やコーヒー、そして、レジ。食材選びは娘さんがリード。日頃、学食でこういう風景を見慣れているせいか、躊躇せず、サラダバーから色味、味を適切に選択されていました。奥には、ベーグルやサンドイッチへトッピングにカスタムオーダーできるコーナーがありましたが、食べきる自信がなく断念。
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    テラス席では、食事をしている家族。本を読んでいるオジサン。など、めいめいが自由に時間をつかっていました。私たちもテーブルに着き、ゆっくり食事ができました。
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    この空気、いいです。ボストンに留学していたら、ここボストン美術館に毎日かよいつめていたと思います。このコートヤードでひなが読書するなり、食事するなり、一日中時間が使えるし、気が向いたら各ギャラリーの展示物をみにいけばいい。そんな、ぜいたくな時間の過ごし方をしていたと思います。今、そういうことができる、娘さんがうらやましい限りでした。
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    さて、お次は、この近所にあるイザベラ・スチュアート・ガードナー博物館に行きましょう。ここ、こーい、美術館でした。。。

  • 台風21号の通過を確認!

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    今朝は超大型台風21号が、午前3痔ころ御前崎付近に上陸し、首都圏を通過していきました。昨晩は、複数回、エリアメールが届きました。テレビでは被害の様子を伝えています。亡くなった方もいるようです。今朝、多摩川を電車で渡った時には河川敷まで水があがっているのが見えました。
    うちのMy 気象台も台風の通過を記録していたようです。時系列で、温度、湿度、気圧を見てみると、いつもとは違った動きをしています。
    まず、気圧。きれいに、午前5時20分ころまで気圧が落ちていき、922hPaで最低を記録したのち、上昇していきました。おそらく、この前後で、我が家が、台風に最接近したのでしょう。
    それに比べ、気温と湿度はどういう現象がおきたのか、まだ、解釈に苦しみます。台風が通過後は、まったく違う空気、暑く、乾いた空気が入ってきたようです。どおりで、朝はコートが必要なくらいだったのに、午後からは、暑いくらいだったはずです。

  • ボストン旅行(その12)

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    Relief of Nofer
    MFA,次は古代美術のギャラリーに移動しました。世界の歴史は、エジプトから始まるという概念が西欧人にはある気がします。30年前に英国大英美術館や仏国ルーブル美術館を訪れた時も、まず、エジプト文明から見学するのがもっともポピュラーなコースだったし、人気もありました。古代エジプトの象形文字ヒエログラフの本物をみたのは、ここボストンが初めてだとおもいます。画像認識AIが発達した現代IT技術をもってすれば、ヒエログラフを翻訳することなど、一瞬ではないだろうか?Microsoft Cortana APIで試して見ようかしら?
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    Game pieces
    確か、ここボストン美術館に世界初のスゴロクゲームの遺物が置いてある。と、覚えていました。なにかの本でよんだのです、おもいだせませんが。現物はちょこっと、人知れず設置されていました。本物をみて、かなり驚き、感動しました。セネトSenetというそうです。
    New Yorkのメトロポリタン美術館もたくさん所有しているそうです。
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    Commemorative scarabs of Amenhotep III
    その横には、スカラベ、フンコロガシの形をした遺物が展示されていました。アメンホテップ三世が国内外に配った記念の品。
    フンコロガシの裏にはヒエログリフのテキストが書いてありました
    意味は、
    ・左のスカラベ(Lake scarab)
     The digging of a lake for Queen Tiye in the king’s 11th year of rule.
     治世11年目にTiye王女のために湖をほったことの記念
    ・中央のスカラベ(Marriage scarab)
     The name of Quessn Tiye’s parents and the southern and northern limits of the king’s empire.
     王女の両親の名と国の北部、南部のを定めた記念
    ・右のスカラベ(Lion hunt scarab)
     the king hunted and slew 102 lions in the ten years of his reign.
     治世10年目に102頭のライオンを狩り仕留めたことの記念
    だそうです。
    確か、エジプトではフンコロガシは太陽神ケプリであり、これをもっていることは最強のお守り。スカラベは神の化身として”お守り”のおようにエジプト時代はあがめられていました。29日間、フンをころがし、29日間、土の中にいて、また、フンをころがし、太陽暦のリズムを刻む再生のシンボルでした。そういえば、どこかのジュエリーブランドがスカラベをモチーフにしたアクセサリーを創っていた気がします。

  • BME280湿度100%スタック。。。

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    屋外に温度・湿度・気圧センサーBME280を設置し、ESP8266/Blynk経由でスマホから屋外の様子を確認しています。とても便利です。しかし、ある日から突然、センサーが、毎回、湿度100%を応答してくるようになりました。センサーの状態を復旧することができないのか?
    リカバリプログラムの発動です。Bosch発行のBME280データシートを読んでみました。そこには、7.9 Reconditiong Procedureに以下の通り書いてありました。
    ================================
    1.Dry-Baking 120℃ at < 5% rH for 2H 2.Re-Hydration 70℃ at <75% rH for 6H ================================ でも、120度を2時間保持できる装置なんかもっていません。 なので、家にあるもので代替出来るモノがないか? かんがえてみました。 ドライヤーです。 ドライヤーからふきだされる風は150℃くらいあるそうです。 3分くらいドライヤーの風をBME280にあててみました。 しかし、結果を確認するため、MacにESP8266を接続し、 Arduino IDEから確認用のプログラムをロードさせようと、 プログラム転送が失敗します。 "An error occured while uploading the sketch" 環境は、 ・Arduino: 1.8.5 (Mac OS X), ・Board: "Generic ESP8266 Module, 80 MHz, 40MHz, ・QIO, 115200, 4M (1M SPIFFS), nodemcu, Disabled, WiFi" 試行錯誤の結果、baud rateを115200から230400に変更すると成功しました。 でも、なぜなのか理由がわかりません。 謎が深まります。 BME280のhumidityは100%にスタックしたままです。 あーーーーー。

  • ボストン旅行(その11)

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    ギャラリー253。ボストン美術館には印象派の作品が、まだまだたくさんありました。ここは、本来、通路とおもわれるところ。でも、ここにも印象派の作品がたくさん。知らなければ通り過ぎてしまうような形で展示されています。
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    ■La Croix-Blanche at Saint-Mammès
    たとえば、シスレー。なにげない日常の情景なのですが、それだけに愛おしさを感じます。シスレーの作品はいいですね。あれ、シスレーってフランス生まれのイギリス人だったんですか!てっきり、フランス人かとおもっていました。
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    ギャラリー255。ここにもたくさん。
    ルノアールの「Dance at Bougival」や、ドガの「踊り子」が、展示されていました。
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    あれ?、踊り子は、パリのオルセー美術館にあるはず。なにの、どうしてボストン美術館にもあるの?少し、調べてみました。どうも、、オルセー、ボストンだけでなく、ワシントンDCのナショナルギャラリ−、テイト美術館にもある。ドガは亡くなるまでに、150体ほどWAXで作成していた。それをもとに28体のブロンズ像が相続人によって造られた。あらら。。。
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    ■「我々はどこから来たのか?我々は何者か?我々はどこに行くのか?(D’où venons-nous ? Que sommes-nous ? Où allons-nous ?)」
    ここには、ゴーギャンの作品もありました。1897冬、心がおれてしまったゴーギャンは、フランスを離れ、タヒチに渡って書いた作品。この絵は右から左にみるものらしい。右側の子供と共に描かれている3人の人物は人生の始まりを、中央の人物たちは成年期を、そして、、左側の人物たちは「死を迎えることを甘んじ、諦めている老女」を表現しているそうです。現在、過去、未来、あのひとに逢ったなら、か?
    さて、ようやく、印象派の作品群とも、さようなら。
    つぎは、古代美術のセクションに行ってみましょう。