
今月は仕事が忙しくブログを更新する時間すらとれませんでした。
今週ようやく仕事も一段落し、もとどおりのリズムが戻ってきそうです。
先週、大寒が過ぎてから、いつの間にか、夕方の日も長くなり、日の日差しも強くなってきた気がします。早いところでは蠟梅の花の声も聞こえてきました。
もうすぐ春ですかね。
と、おもっていたら、昨日は雪が降り、今日は晴天。
さて、そろそろ、春の足跡を探しにいきますかね。
D’où venons-nous ?
Que sommes-nous ?
Où allons-nous ?
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冬の雪。。。
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Global and Local
■なぜローカル経済から日本は甦るのか (PHP新書) 新書
■冨山 和彦 (著)
この本、いろいろ気づきを与えてもらいました。GlobalとLocal.ちがう時間軸で流れている二つの経済活動のような気がしてきています。新幹線と左沢線かな。おたがいが交わるといっても、そう多い機会ではないし、お互いが相手に与える影響も少ないかもしれないです。
コトのビジネスであるサービス業は本来ローカル指向であるという観点は新鮮でした。確かに、人の顔をみながら提供するビジネスであるサービス業は、提供できる範囲にも距離的制約がありますね。そういう意味で、全世界に一律的なサービスを提供する指向の高いマクドナルドが最近不調なのも合点がいきます。
かたや、モノのビジネスである製造業。情報と物流が発達し、世界中どことでもビジネスできる時代になってきました。そう、毎日、世界選手権に参加しているような感じ。この感覚の世界に、日本のローカルルールをもちこんでも、土俵が違うという感覚を感じます。
増田レポートといい、Global vs Local、非常に気になっています。 -
Perl環境の再構築。。。

ウチのMacBookのOSをYosemiteに切り替えてから、動かなくなったプログラムが増えました。
記事をココログにアップするときに使っているperlスクリプトもその一つ。
Yosemiteに変わってから、うちのPerl環境上ではどうあがいても、どうにもならないです。
Can’t locate object method “is_fault” via package “RPC::XML::Client::send_request: HTTP server
error: Can’t connect to app.cocolog-nifty.com:443(Connection refused)”
(perhaps you forgot to load “RPC::XML::Client::send_request: HTTP server error:
Can’t connect to app.cocolog-nifty.com:443 (Connection refused)”?) at ./new_post.pl line 56.
とでてきて失敗したり、
dyld: lazy symbol binding failed: Symbol not found: _Perl_Gthr_key_ptr
Referenced from: /Users/hoge/perl5/lib/perl5/darwin-thread-multi-2level/auto/XML/Parser/Expat/Expat.bundle
Expected in: dynamic lookup
dyld: Symbol not found: _Perl_Gthr_key_ptr
Referenced from: /Users/hoge/perl5/lib/perl5/darwin-thread-multi-2level/auto/XML/Parser/Expat/Expat.bundle
とでてきたり。。
あーーーー
もう、いい加減にしてーーー!!
Perl界のサルガッソーに完全につかまってしまいました。
そこで、よし!と、大決断。
最新版Perlをローカル環境にソースからインストールし、CPANに頼らず、RPC::XML実行に必要なパールモジュールを、ひとつづつ、インストールすることにしました。
その間、
tar xvf hoge.tar.gz
/usr/local/bin/perl Makefile.PL
make
make test
sudo make install
と何回も、念仏のように唱え続け、まる一日、MacBookの画面を見続けることになりました。
その間インストールしたモジュールはこれだけ。
expat-2.1.0
XML-NamespaceSupport-1.11
XML-SAX-Base-1.08
XML-SAX-0.99
XML-Parser-2.43.tar.gz
Perl-OSType-1.007
Path-Class-0.35
Try-Tiny-0.22
Crypt-SSLeay-0.72
perl-5.20.1
XML-LibXML-2.0117
XML-Parser-2.43
RPC-XML-0.78
LWP-Protocol-https-6.06
Net-SSLeay-1.66
IO-Socket-SSL-2.007
HTTP-Message-6.06
HTML-Parser-3.71
libwww-perl-6.08
ふー、ようやく、なんとか、復旧。
インストールしたあと、記事本文のUTF-8エンコードで失敗しましたが、
結局、HTMLヘッダー処理のモジュールが足りなかった事が
わかり解決。
過去の資産に固執せず、時には大胆に、
そして、抜本的に、改革しなかれば、
次の世界が開かれないことを痛感しました。 -
クリスマス・カクタスが咲きました

クリスマスが近づき、北国では雪が降り続いているようですが、我が家では、クリスマス・カクタス(シャコバサボテン)が満開です。正確にはクリスマス前に花を付ける株と、クリスマス後に花を付ける株の2種類があり、いま、早いほうの株が満開です。一年間をとおして、たいして世話もしていないのに、毎年同じ時期にけなげに咲いてくれます。ありがたい限りです。
この花、日照時間の変化や気温の変化にとても敏感な気がします。夏の間、特段気にせず、外に置いておいたのですが、お彼岸を過ぎ、立冬のころから、急に葉の先端に花芽を付け始めました。
ただ、あまりほっておくと、葉がミイラ化したり、ちょっとすねることもあります。なので、世の東西を問わず、どうお世話したらいいものかしらと悩んでいる方はたくさんいらっしゃるようです。
■How to Care for a Christmas Cactus
■Care of Christmas Cactus
■Christmas Cactus Care
これらを参考に、これからも、お世話させていただきます。 -
チューリップを植えてみました
三連休の最終日、今日も天気がいいです。
さて、冬もやってきたので、来年の春に向けて、小さな庭も仕込みを開始です。
今日は、チューリップの球根を植え付けて見ました。今年、新規に種屋さん、タキイ種苗から買い込んだ球根と、昨年咲いたチューリップの子の代の球根と、大小いろいろ植えてみました。種屋さんから買ったのは、イル・デ・フランス、オピエド、ジョーダン、昨年と同じ3種です。
こんなチューリップの花が咲いてくれるはずです。
■イル・デ・フランス

■オピエド

■ジョーダン

昨年は少し、密集して植えたので、腐ってしまった球根もありました。なので、今年は少し球根間の感覚も空け、鉢も分けてみました。さて、今度は上手く咲いてくれるでしょうか?
春が待ち遠しいです。 -
沈みゆく帝国
今つかっている、このMacBook、なんか、しっくりこないし、Yosemiteなんか最低だし。
ジョブス亡き後のアップルは行動がおかしい。
とおもっていた矢先、良いタイミングでこの本を発見しました。
この本を読み進むにつけ、アップル、ガレージショップの時代のアップルとは、大きく異なっていたこと。どうみても、米国の普通の企業でしかないこと、サプライチェーンを限界まで引き延ばし、中国人下請け工場内の従業員の過酷な労働の下に成り立っているなさけない企業でしかないことなどなど、負のイメージだけが、積み上がっていきました。すでに、ジョブスが、取締役会の反乱によってアップルから追い出された時点で、アップルはアップルでなくなっていたのかもしれません。
サムスンとの特許闘争など徹底的に守りに入っているし、調達部隊は世界中のサプライヤーを締め上げている。いわゆる間接部門が肥大化している気がします。おそらく、そんな彼らに新たなビジョン、イノベーションは生まれないでしょう。
コアのコアの部分については、そのままでいてほしい。大衆に迎合せず、プロ向け製品を提供するそもそものAppleでいけないのであろうか?プロシューマーという言葉をにんちさせたのは、アップルでなかったのか?
会社はずいぶん小さくなるとおもうけど。iPhone/iPadの路線で大衆、体制側に傾きすぎたのではないか?
Rock & Rebellion!
あの伝説のCM”1984″!!
IBM-PCをハンマーでたたいたアップルはどこに行ってしまったのだ! -
Processing-Soundの巻。。。

Processingのスケッチの中でaiffファイルを再生したいときに使ってきたサウンド周りを処理するAPIライブラリはこれまで、processingのパッケージの中に組み込まれていました。
が、3.0a5から標準ライブラリ下に切り替わったようです。Android modeとの互換性確保を優先したようです。GitHubやprocessing forum上の議論で判明しました。
なるほど。なんですけど、それによって、副作用が起き始めました。
これまで動いていたスケッチ、aiffの音を再生する処理が入っているスケッチなんですが、これが動かなくなりました。
しばらく、あーでもない、こーでもない、
と試行錯誤の日々が続きました。
思い切って、これまで使ってきたローカル側のgitリポジトリを削除し、再度,GitHubからprocessingのソースを取得し、再build。併せて、soundライブラリをprocessingのスケッチメニューのImport Library>Add Libraryから選択し、
/Users/foo/Documents/processing/libraries
のディレクトリのほうに落とし込みました。
今度は成功です。
古いリポジトリの中に残っていた古いsound.jarが悪さをしていたようです。
過去に固執し、新たな一歩を踏み出さない。
そのために、新たな喜びをも得られない事を痛感しました。
怖がっていてはダメですね。
前進あるのみ! -
Yosemiteに感激!

ウチのMacBookのOSをYosemiteにアップグレードしてから、はや1ヶ月が経過しましたが、なんか、便利になった感がしていませんでした。もっというと感動しないのでした。ウインドウの最小化のアイコンの色、フォルダのデザイン、ウインドウが半透明化、だからなんなんだ。というレベル。
しかし、昨日、やっとYosemiteに感激しました。
「音声入力」です。
正確には、Lionからはいっていたようですが、今までそんな機能があることにも気がついていませんでした。きっかけはiOSでした。
iOSのSiriです。SiriがiOSにはいっているならば、OSXにも実装されているだろうとおもい、システム設定を捜していたときに「音声入力」を発見しました。
また、どうせ、変換性能が悪いんだろうと、タカをくくって、テキストエディターを開き、
Fn,Fn
“音声入力できますか””
Fn,Fn
と話すと、キチンと漢字、ひらがな交じり文でテキストが表示されました!
感激!!!
この、Fn,Fnがいいですね。なんか、Macに電文、電文とメッセージを届けている電報局屋さんのような気になります。
これで、私もTYPO、誤字脱字のキーボード入力から開放されそうです。
人間の知的作業を本当の意味でコンピュータが支援できる時代がきたことに感動しました。 -
人口減少社会

この図は、一般社団法人北海道総合研究調査会が作成した図です。薄い灰色が、人口移動が収束しない場合において、2040年に若年女性が50%以上減少し、人口が1万人以上の市区町村(373)です。濃い灰色が、人口移動が収束しない場合において、2040年に若年女性が50%以上減少し、人口が1万人未満の市区町村(523)です。
100年後の日本人は2014年をどんな年だったかと評価するでしょうか?
もしかすると、日本人の人口減少が明確に確認された年かもしれません。国で少子化対策に担当大臣までつけるようになって久しいです。また、昨年くらいから、日本創成会議のいわゆる増田レポートで国内人口減少の具体的な姿を包括的に認識する動きが活性化している気がします。消費税率のさらなるUPもその流れでしょう。
そう考えると、2014年は高度成長社会から成熟社会に切り替わった年なのかもでれません。自分が育った時代と、自分が子供達を育てる時代が異なる場合、かなり混乱が起きる気がします。過去にとらわれず、物事を今の目で判断し、行動する必要があります。そんな風に、今の日本を捉えた時に、おもしろい考え方をする人を見つけました。
藤原和博さんです。
WiredJPにインタビューが掲載されていましたが、うんうんと共感する部分が多かったです。
■現代の成熟社会に求められる「レゴ型」思考法
レゴ型思考法。なかみは、情報編集力、つなげる力、クリティカル・シンキングらしいです。集まった情報同士をもう一段上の層で、組み立て直し、使えるものはそのまま使うし、使えないものは、使えるものを組み立て直し、使うことのようです。 -
高文脈文化と低文脈文化と

”高・低文脈文化”という言葉をご存じですか?
世界中の言語文化を分類してみると、高文脈の言語文化圏と低文脈の言語文化圏が存在するということらしいです。一覧にすると、
■高文脈文化
日本、中国、韓国、アラビア文化圏、フランス
■低文脈文化
米国、ドイツ、スカンジナビア圏、スイス、イギリス
アジア系の言語が、high contextsということでしょうか?この概念は、アメリカの文化人類学者エドワード・ホールが唱えた概念のようです。参考「文化を超えて」ISBN-13: 978-4327012557。
高文脈文化では、言葉以外の状況や文脈で情報を伝達され、重要な情報でもことばに表現されないことがあるようです。いわゆる、場の空気を読めということですかね?ハッキリ言って、疲れます。
一方、低文脈文化では、言葉に伝達される情報が100%埋め込まれ、論理的に意思決定されるようです。うーむ、こちらは、言葉と論理をより吟味する必要がありそうです。こちらもこちらで、疲れそうです。
とかく、世間は住みにくい。と、いうことでしょうか?夏目漱石は、英国留学で諦観したんですかね?
最近、会社でも、海外の人たちと一緒に仕事をする機会が増えてきました。職場では、おまえの説明は日本語になっていないとよく、しかられます。いっぽう、英語を使った電話会議では、日本の人からおまえの英語は聞きやすいと言われます。同じ頭を持っている私でありながら、使う言語によって、情報伝達の深度がことなることこそ、日本語という言語か持っている高文脈性、英語が持っている低文脈性なのでしょうか?
確かに、英語で話すときはより、言葉の論理に気をつかいます。というより、英語の文法自体が論理的に思考しやすい、話やすい言語なのでしょう。