投稿者: howdi

  • モンテーニュ エセー抄

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    モンテーニュ エセー抄
    宮下志朗
    みすず書房

    フランス語の”Essayer”の意味を調べているうちにたどりついたフランスの作家モンテーニュ。今、図書館から、そのモンテーニュのエセーを借りて読んでいる。といっても、抄本。小説のように、話が進んでいくわけではなく、本当にモンテーニュが、思いついたことをそのまま文章にしているようなので、スキーム、構成、構造、もへったくれもない、ある意味、グダグダの文章。そうなんだが、これがこれで、おもしろい。暇なときに、どこから読み始めても、モンテーニュ節に出会える。きっと、一気に書き終えたわけでなく、何年もかけて、書き留めた文章の集合体なのでろう。行間に時間の経過を感じる。
    「経験について」を、読んでいる。抄本のかなりのページ数を占めている。人の経験を、自分の経験であるかのように活用できる能力をもっているのは、人間だけかもしれない。経験の集合体がいわゆる文化だろうし、今どきでいえば、生成AIのモデルなのかもしれない。と、もって、モンテーニュ節に付き合うと、そうそう、そうだよね。と、同感するところも出てくる。
    しかし、この人は、古代ローマ人、ギリシア人の書物をよく読んでいるようだ。おそらく、ラテン語に堪能なのだろう。そのベースが日本人である私にはない。ほんのちょっと、中国の漢文を知っているくらいか。
    と書いた私のこの文章もグダグダか。。。

  • 庭の珍客。。。

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    ゴールデンウィークが過ぎ、天気が春から夏に切り替わってきた。先日からゲリラ豪雨が続き、東戸塚ではヒョウが降った。昨晩は岩手の太平洋側で地震まであった。気象庁がスロースリップが続いているから、大規模地震にそなえるようにと、報告したばかりだったが。今日は、晴れて、気温が、ズンズン上がってきたので、エアコンの試運転をした。無事稼働。今年もお世話になる節に入ってきたようだ。
    気温が上がってきたせいか、庭に珍客が訪れた。クマンバチ。
    先週、今年もゴーヤの苗を買って、プランターに植えたので、ゴーヤ用のすだれを篠竹で作っていたら、ブンブンと、音が聞こえてきた。なに?と、おもったら、お隣が植えている木になっている花の周りを、二匹で飛び回っていた。
    早速、カメラを、構えたものの、忙しい。動作が早く、スピード優先でシャッターを押す機会の少ない私には、苦手な被写体。けっこう、マルマルと肥えている二匹が、忙しそうに、花から花を飛び回り、お食事に夢中。蜜や花粉を集めていた。
    まさに、ぶん、ぶん、ぶん。ハチが飛ぶ。
    さて、今年は、これから、どんなお客さまが来てくれるのだろうか?
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  • Essayerと随想と。。。

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    Duolingoというスマホアプリを使って、フランス語の勉強を少しずつしている。
    先日、”essayer”という単語を教えてもらった。英語の”Try”、日本語の「試す」という意味。たとえば、試着室のことを”Cabine d’essayage”と呼ぶらしい。
    発音を聞くと、”エッセー”と言っているように聞こえる。日本語でエッセーといえば「随想、随筆」のこと。どういうつながりがあるんだろう?
    調べてみた。いろいろ、経緯があることがわかり、面白かった。
    「つれづれなるままに、日暮らし、硯(すずり)にむかひて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば」から始まる、兼好法師の徒然草から日本の随想は始まると思うけど、随想というジャンルの文章にエッセーという単語を当てはめたのは、16世紀のフランスのモンテーニュ。
    彼が書いた、心にうつりゆくよしなしごとの文章を、彼が、「試み(Les Essais)」と名付けたらしい。そこからエッセーというジャンルの文章が欧米では始まった。
    特に外国語の単語の場合、その言葉の語源をたどり、その言葉の持つ本当の意味を理解すると、腹落ちして、私自身が使える言葉に切り替わっていく気がする。辞書はもういらないという人もいるかもしれないけど、言葉を使いこなす人ほど、辞書を毎回引いて、その言葉の本当の意味を理解し、使いこなす人の気がする。
    と、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく、書きつづらん。。。

  • 薔薇が咲き始めた。。。

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    ゴールデンウィーク前の土曜日、晴れ。
    庭の薔薇の花が咲き始めた。今年は、強めに選定したのに、いや、強めに剪定したことがよかったのか、順調に育ってくれている。今の所、病気に罹っていないし、虫にも寄生されていない。うちの薔薇は香りがしないので、開花する直前の蕾の段階から、開花直後の段階が面白い。1日のうちでも、朝の姿と夕方の姿ではずいぶん違ってくる。鉢が6つくらいあるが、蕾の大きさが各鉢で揃っている気がする。蜂同士が会話しているのか?
    庭仕事は一人で黙々と進められるからありがたい。会社での仕事は、対面での会話なら無論、メール、チャットといえども、相手の心情を察し始める自分、そして心の中で感情が大きく動いている自分がいる。これが、結構、しんどい。
    庭で鉢の様子を観察しながら、ただ、ただ、手を動かすだけで、心が落ち着く。

  • QCD(量子色力学)の低エネルギー領域におけるパイ中間子の誕生に関するノート

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    ワインバーグの場の量子論、点滴岩穿の日々が続く
    upクオーク、downクオーク間のカイラルsu(2)xsu(2) 対称性
    自発的な対称性の破れ
    su(2)三重項、一重項
    pi+,pi-,pi0
    Vector-Axial
    ヤング図形
    などと、emacsのバッファーに気ままに打ち込み、gptelでgoogle gemniと場の量子論について語りあってみた。QCD(量子色力学)の低エネルギー領域におけるパイ中間子の誕生、という場の量子論における最も美しいストーリーがきれいにまとまり、案外、面白いノートができた。いい時代だ。
    1. SU(2) x SU(2)カイラル対称性、Vector – Axial
    アップクォークuとダウンクォークdの質量をほぼゼロと近似すると、左巻き(L)と右巻き(R)の粒子は独立に振る舞い、ラグランジアンは SU(2)_L xSU(2)_Rのカイラル対称性を持ちます。これは、左右同じ変換をする Vector(ベクトル:アイソスピン)と、逆の変換をする Axial(軸性ベクトル)の対称性として再構成できます。
    2. Young Tableaux & SU(2) 三重項 / 一重項
    クォークと反クォークが結びついて中間子を作る群論的構造は、ヤング図形(Young tableaux)を用いて計算できます。結果として、状態は SU(2)$ の 三重項(アイソスピン1)と 一重項(アイソスピン0) に分類されます。
    3. 自発的対称性の破れ
    真空においてクォークと反クォークがペアを作る(カイラル凝縮 )ことで、真空が元の対称性を保てなくなります。これにより $SU(2)_L x SU(2)_R$ のうち、Axial 対称性だけが破れ、Vector 対称性 SU(2)_Vだけが残ります。これが自発的対称性の破れ(SSB)です。
    4. 南部・ゴールドストーンボソン
    対称性が自発的に破れると、破れた対称性の自由度(この場合は Axial の3成分)の数だけ、スピン0で質量ゼロ(現実には有限のクォーク質量により微小な質量を持つ)の粒子が現れます(ゴールドストーンの定理)。これがステップ2で求めたヤング図形の 三重項の物理的実態であり、三つのパイ中間子となります。
    まとめ
    クォークの持つカイラル対称性が自発的に破れることで、軽いパイ中間子が3つのペア(triplet)としてこの世界に誕生する、という風景。
    深掘りした結果は、githubに載せます。

  • 猫の狂気

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    猫の狂気
    クロード・ベアタ 著
    瀧下哉代 訳
    山と溪谷社

    を、今、読んでいる。
    著者は、動物行動学の観点から治療を行っているフランスの獣医さん。彼の元に、情緒不安定という言葉が適切なのかどうか、微妙だが、行動様式が普通の家猫と違う猫が、診察に訪れるらしい。
    家のなかで、四六時間中、落ち着きのない猫。決められたトイレを使わず、家の中で、粗相をしてしまう猫、飼い主に怪我を負わせるほどにかみつく猫。などなど、いろんな行動をする猫が診察に訪れるらしい。
    猫は気まぐれな動物とはおもっていたけど、彼らが彼らなりの精神構造を持っていたとすると、その行動の説明にも納得がいった。精神構造を持っているからこそ、その構造が異常な状態、「狂気」というモノが生まれてくるのだろう。この本の題名の由来が後半まで読み進めてから始めて判った。
    動物写真家の岩合光昭さんのネコ番組をよくみていた。ときどき、我が家に、猫がいたらどうなるのだろう?、きっと、なんとか、折り合いをつけて生活しているのだとう、と、おもっていたが、存外、猫って気難しい動物なのかもしれない。

  • 重力波の導出に関するノート

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    (Hubble & Webb: Galaxies IC 2163 and NGC 2207 ESA)
    ワインバーグの場の量子論を読み進めて数年、点滴穿石の日々が続く。
    Google Geminiとの二人三脚で読み進めていると、Geminiがいろんな事を教えてくれる。Geiminiと輪読している気分。
    自発的対称性の破れを追っていくうちに、カイラル対称性SU(2)LxSU(2)Rがグローバルに自発的に破れゴールドストーンボソンが3つのパイ中間子としてできたことに納得。さらに、プラスやマイナスのパイ中間子は、パイ、ミュー、eに崩壊していくのに、中性パイ中間子は2つの光子に崩壊する過程が気になり始めた。数ヶ月の間、悶々。
    ふと、エネルギーがものすごく集中している時空ではいろんな対生成、対消滅がおきているはず、いったい、何が起きるのか、気になりだした。その世界は、一般相対性理論から導き出される重力の支配する世界だ。一般相対性理論から導きだされた方程式、アインシュタイン方程式が何かを教えてくれるかもしれない。
    でも、アインシュタイン方程式が、どんな意味を持っているのか、ほとんど知らない。では、一般相対性理論が支配する世界において、物理を学ぶ上での鉄板の単振動、弱い重力場での時空の振る舞いを分析しれば、重力波を導き出せないか?と、思い始めてきた。気が多いと言ってしまえばそれまでなのだが。計算をやってみた。
    できた!
    フラットな時空に対し極めて小さな重力場がある時空から重力波がうまれた。プロの論文であれば、結果しか公開しないのであろうが、私はアマチュア、その計算過程をGitHub Pagesに成果物をGitHUbに公開した。
    こういう活動を支援してくれる道具も揃った。凡人の私、紙と鉛筆だけだったら、ここまで進めない。これらの道具があるからこそ、できたのだろう。
    ・紙と鉛筆:鉄板の道具。何をするにもこれがないと、はじまらない。
    emacs:私の思考とデジタルの橋渡しを行う、そう、作業環境。単なるエディターではもはやない
    ・gemini:私の同僚、先生、レビュアー。間違いを指摘し、提案もしてくれる
    chatgpt-shell:chatgptの枠をこえ、生成AIと私をつないでくれる
    markdown-mode:生成AIから数式を含む回答は、まずGithub流の数式付きmarkdownでとどく。
    latex:そのmarkdownを私が紙に印刷し精読するには、やはり歴史と伝統のこれが一番
    Texshop:手元で動くlatexエディターとしては、一番なじむ。
    pandoc:万能データ変換機。markdownかたlatex,latexからmarkdownに変換し公開するときに必須
    ・github:私の思考の結果を公開し、世界中の人と公開するには、このレポジトリに感謝
    いつか、これらが、自発的にチームを組み、活動し、勝手に私のような活動が進む未来が訪れるのであろうか?

  • 春めく弥生。。。

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    今日から3月。
    急に暖かくなってきた。近所の花屋さんで、桃の花と、ミモザを売っていたので、買ってきてみた。桃のは中国が原産、ミモザはオーストラリアが原産だけど、ジェームズクックがヨーロッパにもちかえったとかでほぼヨーロッパの花。東洋と西洋の融合かもしれないけど。おかげで、家の中が急に春めいてきた。
    いつの間にか、河津桜は咲き終わり、庭のバラが芽吹き、メジロなど鳥の声を聴くようになった。
    いのちが急に賑やかになってきた。
    先日までは、寒い寒いと言いながら、ホカロンを背中に貼って過ごしていたのに、ここから、一気に、暖かくなるのだろうか?いや、三寒四温なんだろうなあ。
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  • 物理をやるうえで最も大事なのは、近似についての理解だ。。。

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    ロシアの物理学者レフ・ランダウ(Lev Landau)が”物理をやるうえで最も大事なのは、近似についての理解だ”といったようだ。原文をさがしてもみつからない。きっと、研究室で弟子達に繰り返し唱えていた言葉。ロシア語では、”Главное в физике — это умение пренебрегать.”(物理において最も重要なのは、無視する技術である。)だとか。ランダウの愛弟子の一人、イサーク・ハラトニコフの回想録でも、ランダウが「物理学を学ぶ上で、何が重要で何が重要でないかを区別すること」を徹底して強調していたことが記されていた。と、geminiがおしえてくれた。
    ずっと、そうだった。
    高校の物理の授業が始まったとき。単振動の運動方程式を、ニュートンの運動方程式をつかって書いていくとsin(θ)が現れる。でも、物理の先生はsin(θ)をθと書いた。近似していた。数学と物理の違いがここからでた。納得がいかず、ここから物理につまずいた。
    大学に入り、弧度法やテーラー展開を知り、θの二次の項以降を「微少なので無視する」近似を使い、単振動の本質を見極めることの意味がわかり、納得した。しかし、腹落ちはしなかった。卒業後、独力で、ワインバーグの場の量子論を読むようになった。ここでも、ワインバーグは、場の量子論は、所詮、低エネルギー領域での振る舞いを近似しているに過ぎない。といい、有効作用を活用しまくっていた。物理的な本質を見抜け、ということか。
    砂川さんも岩波から出版した量子力学の教科書のなかで、ランダウと同じ事を書いていた。
    多くの人たちに”物事の本質を見抜け”といわれているのに、気がつかなかった。
    計算機の会社に入った。計算機を使えば、いくらでも、精度の高い計算ができると、豪語している人たちを沢山みてきた。が、この人たちは、所詮、物理をやっているのではなく、計算をやっているのだろう。なじめない。AIの時代になったけど、AIが、近似を評価できるようになったとはおもえない。計算をとおして近似解を探索しているだけ、探索手法がDeep Learningとか、動作原理がいまいち判らないものに頼っているだけ。腕力だけで。AIが物理をやれる時代はもっと先なのだろう。2026は、その入り口なのかもしれない。
    「木を見て、森をみず。」と、言うところだろうか。まだ、できない。できるようになるのだろうか?

  • 雪が積もった。。。

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    昨晩、雪が沢山降った。今朝、庭をみてみたら、真っ白。最近、このあたりとしてはだいぶ珍しい風景。雪は、午前中一杯,降り続いた。
    昨日は、叔父さんのお別れ会に参列。参列者は20名程度。お寺さんを呼ばず、家族葬のなかにお邪魔してきた体だったが、哀しみに落ち込んだ暗い葬儀ではなく、明るく送りだしてあげる形の会だっだ。お昼からのお別れ会から、夜の精進落としまで、従兄弟達と久しぶりに、話し込んだ。それぞれ、叔母さんの家から巣立っていき家族を持ち、かわったところがあった。かわらないところもあった。私は,こういう冠婚葬祭事にだけ顔を出してくる、親戚という感じ。
    亡くなった叔父さんが雪を観たかったので、この雪を呼んできた気がした。