
昨日は一日かかって、ほぼ本一冊分を読破。
後半はちょっとはしょってしまいました。どうもなにをいいたいのかわからないというか、エピローグ的だったので,はしょりました。
「偶然の科学」ダンカン.ワッツ 早川書房
です。
Dワッツは複雑系ネットワーク科学の分野において、スモールワールド理論を提唱したひと。なので、今回もその延長でネットワーク科学における動向を読めることを期待していましたが、中身はちょっと違っていました。後半は、かなり、ビジネス経営戦略的な話.複雑系社会学に関する説明といったところでしょうか。
・マクロな事象はミクロな事象をつかって説明できない。
・なぜか、創発という非線形性が発生してくるからか?
・常識とは何か?だれがどのように決めるのか?
・群衆の意見は正しいのか、本当にインフルエンサーなどいるのか?
・過去は成功者が創るものけっして事実ではない。
・未来とは、未確定なもの。100%の予測は不可能。
その瞬間においてはどの未来が起きうるのか、確定はできず、
起きうる事象の確率の大小でしかない。
ということは、十分にねった戦略シナリオは、そのシナリオが
優れているだけに、大きく外す可能性も秘めている。
小刻みに測定し、状況に対応する行動しかとれないのではないか?
・だから戦略のパラドックスが起こりうる。
そんなメッセージが著者から響いてきました。
こういう話しだと、
量子力学の初歩ででてくる二重スリットの実験、そして不確定性理論の話しを思い出していきます。未来というものは波動であり、おこりうる事象とその後の姿はすべて、その確率でしか語れない。現在になった瞬間に、未来は出来事に収束し、過去として確定していく。
といったところでしょうか?
いくら大量のデータを集めて分析し過去を確定してみても、これから起こりうる事象としての未来を100%確実に予測することは不可能、いわゆる、ラプラスの悪魔か。ビッグデータの技術を使えば、これまで見えてこなかった未来が見えてくるという説明がおおいですが、所詮、その発生確率が、なんとかおぼろげにわかるくらいなんでしょうね。
CEPにしても。(※ZARAのマーケティング手法がCEPなのか?)
今日の天気予報だって降水確率50%という確率しか予測できておらず。戦略策定といっても、次に起きうることを確実に予測できるわけでないですね。
とはいえ、いきあたりばったりとはちがいますよね。
これまでのITは現場のプロセス効率を向上させるための道具。今後は、ナレッジワーカーが未来を予測するための道具になっていくべきなんでしょうか?
投稿者: howdi
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偶然の科学
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今年もいいワインができました

今年も自家製ワイン創りに挑戦してみました。
一週間前に仕込みを開始。ほぼ一年ぶりの製造作業なので、だいぶ手番を忘れていました。そのためか、ワイン用酵母くんたちがなかなかめざめてくれず、初回の一次発酵には失敗しました。数日おいても発酵が進みません。おかしい?
しかし、失敗は創造の母ですね。
さきの仕込みから三日後にもう一度、酵母を仕込んで見ました。今度は、一次発酵時の温度に注意し、いい湯加減で、まったりと発酵していただくよう温度に注意してみました。結果、ようやく酵母くんたちも長い眠りから覚めてくれました。
ここからは、順調、順調。発泡スチロール性の保温箱でぬくぬくと発酵を続けていただき、外には良い香りが漂ってきました。

そして、一週間後に無事完成。
ポリチューブを用い、サイフォンの原理で上澄みのみを抽出しました。今年は酵母の匂い、味もほぼ感じず、淡い炭酸を感じつつ、まろやかな自家製ワインができあがりました。
来年もワイン創りに挑戦してみたいとおもいます。
ウェルチに砂糖と酵母を入れるだけ。これで、ワインができてしまう不思議な製造物ですが、酵母のご機嫌も重要であることが今年の発見でしょうか?
さて、来年はどんな味のワインが出来ますことか?
そとでは、梅の花が満開です。 -
太陽光発電所 in Provence

3.11からまもなく一年です。
あれから、自分の中でもエネルギーをどう使うかに関する意識は、ずいぶんあらたまりました。節電にはずいぶんこだわるようになり、家の電球の主なところはLEDに変わりました。LEDの明かりは、白熱球に比べ、暖かみがないけど今はそんなものは贅沢と割り切りました。かつ、LEDの明かりこそ、21世紀の明かりと自分をなだめてきました。
そんな中、数日前、日経ビジネスのWebサイトを見ていたら、フランスのプロバンス地方のレ・メ村にできた太陽光発電所(発電量12MW)に関する記事が掲載されていました。けっこう、大規模な施設のようです。
フランス最大の太陽光発電センターは牧畜と共存する ──レ・メ村の選択(前編)
20年後さらに進化した発電所があるのか、それとも畑に戻っているのか ──レ・メ村の選択(後編)
このネットの時代なので、Google Eatrhでどこなのか?確認してみました。ありました、ありました。【ここ】です。ずいぶん広いです。
確かに、プロバンスは地中海性気候だから日当たりの良い日が多いはず。だから、デル・ソル、太陽には一番近いところですね。なるほど。日経ビジネスの記事を読むと事情はいろいろ残っているようですが、がんばって発電を継続して欲しいです。

かたや、ここ日本。
川崎にもメガソーラープラント浮島発電所があります。でも、ここの最大発電量は13MW。レ・メ村なみですな。でも、発電量はリアルタイムに確認できるようです。
頑張れニッポン!! -
PASMOがWebサービスを一時停止!?

PASMOがWeb上での履歴紹介サービスを一時停止したそうです。
最近、同僚とPASMOのWebサービスがセキュリティの権威の高木さんからいろいろ指摘を受けているらしいと聞いていました。まずは、素早い動きを評価したいです。
Big Dataが叫ばれている時代。
おもうにPASMOだけでなく、PASMO,SUICAなど個人情報に近いデータにまで関心が高まっていることはいいことだとおもう。そのサービスを使ってみたいという利便性と、そのサービスはセキュリティてきにどうなのかと、指摘するセキュリティと、そうほうの議論がかみ合い、利用シーンが増え、セキュリティが高まることは、新しい利用形態の正常な進化形だと思います。人の行動データ、ロケーションデータがビジネスになる時代がきているのでしょうか?位置データを活用したデータはよせてはかえす波のように現れては消えていくけど、今回はどうなのでしょう。スマートフォンがこれだけ普及している現代だと、ちょっと事情が変わってきている気がします。
でも、トイレにたくさんセンサーを取り付けて、健康データを収集し、ビッグデータに使おうよ、と、言う人もいるようですが、いかがなモノでしょうかね? -
エッセンシャル・フェルメール

先日、渋谷Bunkamuraの展示会に行ったとき帰り際にフェルメールの作品が現在とこにあるのかを説明する地図がありました。それによると、フェルメールの作品は世界中に散らばっていました。
この作品分散ををGoogleMapを使って表現するのもおもしろいとおもいました。
そこで、まずは、フェルメールの差気品がどこにあるのか?そのリストが欲しく、検索していたところ、であったサイトがこのサイト、Essential Vermeer.comでした。
米国生まれ、ローマ在住のJonathan Jansonさんが個人で運営しているサイトのようです。しかし、フェルメールを知りたければまず、ここからということに、ふさわしいコンテンツ内容です。Jonathanさんがプロの画家のようなので、このサイト自体とても美しいサイトです。フェルメールが活躍した街であるオランダのデルフトまで行かなくとも、いろんな事をおしえてくれそうです。今年、6月30日から東京都美術館に「真珠の耳飾りの少女」来ることも、このサイトに掲載されていました。
すごい時代です。自分が知りたいことは、大概、誰かが調べてくれていて、自分はその跡をついていくだけでも、いろいろな事がわかる便利な時代です。こういうところはITの進化を素直に喜んで良いとことなのでしょうね。 -
街の時計屋さん健在!!

時間は世界中の人に本当の意味で平等に与えられる貴重なモノだと思う。
そんな時間を大事に扱っているプロの仕事を見、清々しい気持ちになりました。
今朝、会社でメールを読んでいたら、メーラーの日付より腕時計の日付が一日遅れていました。秒針もなんだか2秒おきに進んでいます。あっ、電池切れ。今日は事務所を早めにあがり、街の時計屋さんを捜してみました。
一件目の店は、もう、職人さんがいないし、交換用の電池もないので電池交換ができないとのこと。二件目のお店は、昭和の時代にタイムスリップしたような店構え。店の中は時計だらけ、柱時計も動いており、時を刻む音がコツコツと聞こえてくるようなお店です。おまけに、ショウケースには、ネコが一匹寝そべって、まるで、私がこの店の看板ネコなのよ。ともいいたげな貫禄。御年12歳。
お店は定年を過ぎたと思われるけど、息のあったオジサン二人で切り盛りしていました。ここの店には、交換用の電池もあり、交換方法のマニュアルも準備されていたので、なんのためらいもなく電池交換をしていただきました。ここでは、街の時計屋さんが健在。店の奥から、もう2ひきのネコも出てきて、なになに、今度はどんな客がきたの?とでも、言いたげに、私の周りをウロウロ。私に興味関心が、なかったせいか、そそくさと彼らは、店の奥に消えていきました。看板ネコはそのままおとなしくしていたので、首の周りをさすってあげたら、ニャー、もっとさすれよ、と要求され、ハイハイわかりましたと答えつつ、お店の方の交換作業を待っていました。コツコツとなる時の音と、時々もっととなくネコの声だけがお店の中で聞こえます。良い時間でした。
ものの10分くらいで交換終了。
成果目標達成や、損益達成に明け暮れ、ささくれ立っている仕事場をでで、時間がゆっくり流れているこのお店にお邪魔させていただけたおかげで、動かないものを捨て新しいモノを買ってしまうことなく、一つのものを大事に大事に使い込む大切さを再認識するとともに、それを可能にする職人さんの技を見せていただき、うれしさがこみ上げてきました。
良い仕事をしているプロフェッショナルは「ここ」にいました。 -
身の丈の生活?

先日の地球の写真を眺めていると、自分がちっぽけな存在に思える。
とれくらい、ちっぽけな存在なのか、定量的にどれくらい小さいのか考えてみた。
地球の半径が約6400キロメートル。約2メートルの人間が飲み込まれてしまう10メートルの大津波にしても、地球の半径からすると0.0002%のさざ波。このさざ波を予測しろという方が土台、無理な話しなのではないか?
かやた、毎日の日の出、日の入りの時刻は時分秒まで予想できている。太陽とか地球とか大きい物事の動きはかなりの精度で予想できるのに、小さい物事を予想するのは人間は不得意なのだろうか?小さいと言うよりも運動に影響を及ぼす要素が多すぎるということなのか?
まもなく、3.11から一年。
あれから、すると自分の生活スタイルがずいぶん変わりました。 -
Blue Marble / 私の地球

NASAが最近、地球の高解像度映像を公開したようです。
ど迫力です。温暖化、環境破壊、環境汚染と、地球は満身創痍のはずですが、まだまだ、綺麗なんですね。
最近活動を再開された歌手の八神純子さんが歌っていた曲にミスターブルーという曲があったように記憶しています。たしか、NHKの番組のテーマ曲だったはずです。
以前、NASA公開で地球が一番綺麗に撮影されている画像は、こちらでした。
この画像をみるにつけ、自分が生活できる空間はこんなに美しく、無限ではなく有限の大きさを持つ空間であることを、痛感し、自分の画像として使わせていただいております。
漆黒の闇の中で、これだけ美しい映像が目に入ってくると神々しいでしょうね。
とはいえ、ロンドンまで10千キロ、リニアモータカー500km/hで進んだとしても、20時間。まだまだ、地球は広いですね。 -
VerMeer World/フェルメールの世界

ヨハネス・フェルメール Johannes Vermeer
《手紙を読む青衣の女》 “Girl Reading a Letter”
1663-64年頃 油彩・キャンヴァス
アムステルダム国立美術館
© Rijksmuseum, Amsterdam. On loan from the City of Amsterdam (A. van der Hoop Bequest)渋谷Bunkamuraで開催されているフェルメール展「フェルメールからのラブレター展」にいってきました。
フェルメールの作品は、手紙を読む青衣の女、手紙を書く女、手紙を書く女と召使いの3点に加え、同時代のオランダ画家、ホーホなども展示されていました。作品と素で向き合い、作品から受けるものを全身で受け止めるとこが最も楽しいですが、各作品にはいろんな寓意が隠されているらしく、それを知っていて作品と対峙するのもおもしろいです。
今回は事前学習を行った後、本展覧会に臨みました。事前にフェルメールに関する本、小林頼子さん著「フェルメールの世界」を図書館で見つけ、読破したのちに会場に向かいました。

フェルメールの世界―17世紀オランダ風俗画家の軌跡 (NHKブックス)
小林さんの本、非常に参考になりました。フェルメールの作品そのものでなく、その作品が生まれたオランダという国の状況、フェルメールが交友していたとおもわれる同時代の画家の作風、それらと、フェルメールと何が違うのか、似ているのか、小林さんの筆運びがとても上手なので、素人の私の頭の中に、スルスルとこれらの情報が流れ込んできました。こういう文章を自分も書いてみたいです。
この本、第十回吉田秀和賞を受賞していたようです。もっともです。
フェルメールが活躍した17世紀オランダは、市民階級だけで生活していた国らしく、画家がこの時代、絵の売り先だった、王侯貴族がおらず、プロテスタントの国なので教会の中は質素であることが好まれたので、キリストとマリア像、旧約聖書の一節など、いわゆる宗教画も疎まれ、画家は市民を相手にするしかなかった。なおかつ、この時代のオランダ人は文盲率が非常に低かったようです。
フェルメールの絵は、こんな時代なので、他の画家に比べると、独創的というよりも、同時代の画家をまね、オリジナリティを生み出していった、序破急てきな成長をしていった画家のようです。なおかつ、今時の言葉で言えば、マーケティング志向で市場ニースをくみ上げ、競合画家との差異化ポイントを創造し、顧客第一の作品、製品を生み出していったプロフェッショナルということなんでしょう。
この時代のオランダ絵画の動きは、人間中心、写実中心に思えました。この動きが、のちに、仏国に渡り、南仏で花開き、印象派が生まれ、そのなかに、オランダ出身のゴッホが参画していったのかな?とか、時の大きな流れを考えてしまいました。
今年は、6月に上野の東京美術館でもフェルメールの作品展があるようです。
是非、ご覧くださいませ。 -
SUPER8

いまさらのSEO/SEM第二段。
今回は映画ブログ。
先週、TOEIC対策のため、TSUTAYAさんで、ケビン・コスナー主演「ロビン・フッド(Robin Hood)」を借りたのですが、どうも今週も映画を見たくなり、また、TSUTAYAさんでDVDを借りてしまいました。一度TSUTAYAさん詣でが始まると当面続きます。ケビン・コスナーのロビンフットは配役が豪華。今、これだけの俳優さんをキャスティングしたらいったいいくらかかるんだろうというくらいです。
おっと、話しは、今回借りたDVDの方でした。
今週はスピルバーグがプロディースした「Super8」を借りました。
未知との遭遇のような、ETのような、Stand By Meのような変な映画でした。
冒頭部、空軍の秘密輸送列車が脱線し事故を起こすところのシーンは圧巻、これ、映画館で3Dで見たら迫力ちがったでしょうね。でも、ある意味ここまでかな?
Independence Dayのような気持ちの悪いエイリアンがでてくる必要があったのでしょうか?
この映画、むしろ違う意味でおもしろかったです。
スピルバーグ版の三丁目の夕日の気がします。アメリカの70年代の田舎の風景がずーっと展開されていて、むしろそちらの方が懐かしい。街中に、中学生がたむろできるレストランがあったり、コンビニがあったり、子だくさんの兄弟が朝食の時、親にどなられていたり、ラリっているヒッピーなお兄さんがDPEやっていたり、向かいの家に幼稚園からの友達がいて、その友達とづーっとつるんでいたり,けっきょく、父親がかっこよかったり。アメリカの田舎って、どこもあんなものだったんでしょうね。
その意味で、この映画に親しみを感じました。
宇宙に帰っているエイリアンなんかどうでもよく、友達と一緒にわいわい映画を作ることって楽しいんだろうなと、そちらの方が印象に残りました。