
ルーブル美術館を出て、Pont du Carrouselを渡り、セーヌ川沿いに歩き、Rue de Bacをめざしました。ふと、バス停が気になりました。

バス停をよく見てみました。どうも、パリって、けっこう、スマート・シティ化が進んでいますね。バス停に路線毎にあと何分と表示があります。バス路線毎に、バス到着まで、あと何分かの表示でした。
東京でも東急バスの到着時刻が表示されているバス停をみた事がありますが、パリは、ほぼすべてのバス停でこの工事が済んでいるようです。

また、旅行前に、NHKの番組「二度目のパリ」を観たときに、パリのバス停にはUSBインタフェースがついていて携帯を充電できると言っていました。確かに、着いていました。

さらに、バス停のそばには、Velibというシェリングサービスの自転車置き場。アプリをスマホにダウンロードし、サブスクライブすれば、この自転車を借りる返すもスマホでやるようでした。Velibはフランス語でいうところの自転車、Véloからとりましたね。すばらしい。
投稿者: howdi
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巴里見聞録(その21)
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巴里見聞録(その20)

午後は、美術館入り口に戻り、そこで見つけたStarBucks Under the Pylamidに入りました。ここ穴場です。空いていました。ええ、いつものアイスラテにサンドウィッチにチョコレートマフィンを注文。
ほっと、一息をつく事ができました。
フランス人にスターバックスは人気がないのかしら?ふと、思いました。今日まで、パリの街中では、アメリカの街中のようにには街中のようには簡単に店舗を見つけられなかったので、そう思った次第。まだまだ、アメリカ文化を素直に受け入れない土壌が残っているんでしょうか?
食事をしながら作戦会議。午前中に観られなかった、ミロのビーナス、ハムラビ法典、フランドル絵画を巡ってみることに。これがなかなかの苦行でした。一つ一つが遠いのです。ルーブル美術館というとことは捜し物をする所ではないですね。どこに何があるのか?主体的に観ようとすると、本当にわかりずらいし、疲れます。
Salle 227 リシュリュー翼
ハンムラビ法典
Code de Hammurabi, roi de Babylone
ありました、ありました、25年ぶりのご対面。”目には目を”と楔型文字(正確にはアッカド語楔形文字)で書いてある碑文。どうして、この石碑を現代人が読めたのか?ロゼッタストーンが鍵と、これまで信じていましたが、間違いでした。
アッカド語楔形文字の解読には、1621年に発見され1835年に再発見されたベヒストゥン碑文がロゼッタストーンの役割。ベヒストゥン碑文には、ペルシア帝国の三つの公用語、古代ペルシア楔形文字、アッカド語楔形文字、エラム楔形文字で同一テキストが書かれていたそうです。1901年、ハンムラビ法典が発見された時点で、解読可能だった古代ペルシア語楔型文字を使ってアッカド語楔形文字を解読。解読は、四人の人間、イギリス陸軍士官のローリンソン、アイルランド人のアッシリア学者ヒンクス、ドイツ生まれの学者オッペルト、イギリス人東洋学者タルボットの協調作業だった。四人は、1857年にロンドンで会合し、解読の正確さを試す有名な実験を行っていました。
コンコルド広場のオベリスクとロゼッタストーンも混同していました。古代文字の解読の歴史をひもとくのも面白そうです。
Salle 336 シュリー翼
エジプトの青いカバ

このカバくん、王家の墓の副葬品として埋葬された幸せのシンボル。カバくんの青色は、エジプシャンブルーと呼ばれる美しい青。ナイル川の生命を象徴する色です。カバくんの背中には意味ありげな模様が刻まれています。ニューヨーク・メトロポリタン美術館にも同じようなヒッポ・カバの像があるそうです。ルーブルでは4体くらいのヒッポが展示されていました。背中の模様の形でどこの家のカバの像なのか判る。と、なにかで読んだ気がします。この青いカバ、ファンがおおそうです。
・エジプトの青いカバに会う
・ルーブルの青いカバ
・MMM メゾン・デ・ミュゼ・デュ・モンド
Salles 329 シュリー翼
古代エジプト時代のゲーム盤
Boîte de jeu au nom d’Imenmès

古代エジプト時代のゲーム盤。
sénet /セネトっていうんですね。昨年、ボストン美術館に展示されていたものに類似していました、引き続き発見。フランス語で“jeu de l’oie”,英語圏では“Goose Game”という双六のようなゲームに近いらしいです。

横面に彫られている絵はゲームを遊んでいる様子。
数千年の先の人間がそれを見て、その絵の意味がわかる。この古代のゲーム盤を一目みるだけで、現代人でもこれは遊びの道具とイメージできます。数千年の時間を経て古代人と共有できる行為である「遊ぶ」という行為、それが人間の本性の一つなのでしょうね。
Salles 346 シュリー翼
Aphrodite, dite Vénus de Milo
ミロのビーナス。

ここは、人気がありますね。ご本人を二重三重に人が取り囲んでいました。ルーブル美術館の中は、人が多くて賑やかな部屋と、静かな部屋でずいぶん雰囲気が違う事がわかりました。
おっと、これくらいの時から、ルーブル美術館の窓ガラスが震るえ、館内がものすごく騒がしくなりました。外でTechno Paradeというイベントが大音響を出していたようです。大音響、大振動で作品が振動でたおれないものだと思いました。
Salle 811 リシュリュー翼
クエンティン・マサイス/金貸しとその妻
Quentin METSYS/Le Prêteur et sa femme
最後に、シュリー翼2階にもどり、フランドル絵画をみました。絵の真ん中に鏡のような部分があり、絵には記載されていない風景が記載されています。
Salle 844 リシュリュー翼
REMBRANDT/Portrait de l’artiste au chevalet
レンブラント/ある画家のポートレート
ここはレンブラントの間。そして、最後の最後に観た絵が、レンブラントの自画像。この自画像は、暗い背景からレンブラントが浮かび上がってきます。翼の一番奥の部屋に展示されていて、”また来なさいよ。”と、言われているように感じました。さて、ここらでルーブル美術館をお暇しましょう。このラビリンス、まだまだ、見切れていないです。

Je reviendrai encore!
また、お邪魔します。 -
巴里見聞録(その19)

さあ、いよいよ、ドノン翼1階グランドギャラリーに入場です。こここそ、ザ・ルーブルですからね、怒濤の名画です。
Salle 712
Giuseppe cARCIMBOLDO
L’Eté
アルチンボルト
四季

この絵は作年、上野の西洋美術館にきて、話題になりました。この時、四組の絵の中の2組だけが掲載されていました。壁には、他の絵は日本に出展中と記載されていました。
Salle 702
Sacre de l’empereur Napoléon Ier et couronnement de l’impératrice Joséphine dans la cathédrale Notre-Dame de Paris, le 2 décembre 1804
Jacques-Louis DAVID
Le Serment des Horaces
Madame Récamier, née Julie (dite Juliette) Bernard (1777 – 1849)
Jean-Auguste-Dominique INGRES
Une odalisque, dite La Grande Odalisque
Salle 701
Jean-Auguste-Dominique INGRES
Roger délivrant Angélique
Salle
ラファエロ「聖母子と幼児ヨハネ」La Vierge à l’Enfant avec le petit saint Jean-Baptiste, dite
La Belle Jardinière
Salle 711
ダビンチ「モナリザ」
Léonard de Vinci
Monna Lisa
いわずもがなのモナリザ。25年前は目の前まで近寄れたのになあ、ずいぶん離れて見るようになっていて、距離感を感じました。一目見ようとする人の輪が二重、三重にモナリザを囲んでいました。
Paolo CALIARI, dit VÉRONÈSE
Vérone, 1528 – Venise, 1588
Les Noces de Cana
ヴェロネーゼ「カナの婚宴」
モナリザの対面にこの絵がありました。部屋に入って最初に目についたのはこちらの絵。大きいのです。
Salle 700
ドラクロア「7月28日ー民衆を導く自由の女神」
この絵は世界万民に人気。世界中のみなさんが自分の携帯に残そうと必死に撮影していました。私たちが訪れていた期間以降、パリの街は、Gillet Jauneのデモで荒れてしまいました。自分の主張を通すためには命も惜しまない。あくまでの自己主張を通す姿勢を崩さない、フランス人の気質を思い出しました。

さて、お昼になりお腹もへりました。お昼にしましょうと、いうことになりました。が、館内のレストランは混雑しているようす。展示室よこのベンチに座って昼食している人たちもいました。ここまできて、いかないよね。アメリカなんてね。という、ヨーロッパの人の裏をかいてスターバックスに入ってみました。確かにここは穴場でした。なんか、限りなく、日本の昼メニューになりました。お昼をとりながら、午後はどこを巡ろうか?作戦会議です。

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巴里見聞録(その18)
■ シュリー宮1階。ブロンズの間(Salle 663) /salle des Bronzes (salle 663), aile Sully, 1er étage.
Bracelets à têtes de bouquetins
(Louvre_Bj_2240_b)

ドノン翼のグランドギャラリーに行こうとしましたが、そのまえに、なんとなく気になるブレスレット(bangle?)を発見。紀元前4世紀に創られ、フランス国費でLouis De Clercq氏が中東を訪問した際に収集したコレクションに加えた一品。現在、Département des Antiquités grecques, étrusques et romainesに所属。bouquetinとは野生のヤギのこと、「野ヤギの頭のブレスレット」。と呼べばいいのでしょうか?
美しい。驚いたことに、私がとった写真をつかってGoogleで画像検索したら、ほぼ同じ写真「Roman jewelry – bracelets」
をflickrで見つけました。美しいと感じたのは私だけではなかったようです。この人はお母さんが持っていたヤギの頭のブレスレットを思い出したそうです。
この作品、2017年11月から2018三月の最近まで、南仏トゥルーズのMusée Saint Raymond, Toulouse美術館て開催されていた企画展に出展されていたようです。この企画展の動画もおもしろかったです。
ほぼレプリカを現在のルーブル美術館内のミュージアムショップで販売しているようです。お値段は、140€。約1万8千円也。確かに、現代人にも通じるデザインセンスをもっている作品だとおもいます。
調べれば調べるほど、さりげない小作品に、いくらでもストーリーがあり、その小作品の持つ世界がが広がっていきます。おもしろい。
さて、移動しましょう。
と、前に進んだら、ドドンとドノン翼に!
サモトラケのニケ。
25年ぶりのご対面です。やはり、お美しい。このかたは、25年の歳月なんか、「なんなの、それ?」と、言われているようでした。このかたと、娘と一緒にご対面するとは、25年前は思ってもいませんでした。

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巴里見聞録(その17)
Salle 837
フェルメール レースを編む女
Johannes où Jan VERMEER
La Dentellière
普通の人は、ルーブル美術館を古代エジプト美術から見学するのでしょうが、我々は、へそ曲がり集団。受付でいただいた館内マップ日本語版にしたがって、まず、シュリュー翼の2階にエスカレーターで登り、北ヨーロッパ絵画、フランス絵画から見て回りました。

フェルメール
天文学者
Johannes ou Jan VERMEER
L’Astronome ou plutôt L’Astrologue
もう、入ってすぐにフェルメールの作品2つと、ご対面。
びっくりしました。本物は本当に小さい絵。
天文学者がきている服は日本のどてらのような?
https://collections.louvre.fr/en/ark:/53355/cl010066276
Salle 912
ジョルジュ・ド・ラ・トウール
ダイヤのエースを持ついかさま師
Georges de LA TOUR
Le Tricheur à l’as de carreau
絵のなかのご婦人の流し目がいいですね。
”あんた、なにもってんのよ?”
という、彼女の声が聞こえてきそうです。
Salle 919
フランソワ・ブーシェ
ディアナの水浴
François BOUCHER
Diane sortnat du bain
おっと、あぶないあぶない。
あやうく、ブーシェの有名な絵を見落とすところでした。ルーブルの展示室、有名な絵でも、そうでない絵でも扱いが一緒。見る側が働きかけないと、うっかり、見落としてしまう名画が沢山あります。おそらく、今回も、沢山、見落としているはず。
Salle 929
ユベール・ロベール
フランスの古代遺跡の連作
Hubert ROBERT
L’arc de triomphe et le théâtre d’Orange
La Maison carrée, les arènes et la tour Magne à Nîmes
Le pont du Gard
おいおい、ここにも、ロベールの作品がある!いま、ちょうど、渋谷の松涛美術館で特別展「終わりのむこうへ : 廃墟の美術史」を開催している。ここでも、ロベールの作品が展示さえているはず。ロベールって、本当にオランジュやポン・デュ・ガールを見てきたのかしら?写真はまだ発明されていなかったはずだし。
Salle 940
ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル
トルコ風呂
Jean-Auguste-Dominique INGRES
Le Bain turc
この有名な作品も、ぽつんとここにあるし。
女性の肉付きの描き方がいいです。
La Baigneuse
ジャン=オーギュスト=ドミニク・アングル
浴女
これもアングルの作品。
Salle 931
ユベール・ロベール
1781年のパレ・ロワイヤルのオペラ座の火事
Hubert ROBERT
L’incendie de l’Opéra au Palais-Royal en 1781
ここにもさりげなく、ロベールがいました。
Salle 940
Hippolyte FLANDRIN Jeune homme nu assis au bord de la mer. Figure d’étude
Salle 942
この部屋は、ドラクロアの部屋。ここも、気がつかないで通り過ぎる危険性大でした。
ショパンのポートレイト
Eugène DELACROIX
Portrait de Frédéric Chopin, compositeur
これもぽつんとありました。でも、本物の絵だけが持つ、力を感じました。ドラクロアってこれだけではなく、いろんな絵をかいていたんですね。
Autoportrait, dit au gilet vert
あれ?ここにあるはずのドラクロアの自画像がない!
“Cette oeuvre n’est pas visible actuellement dans les salles du Musée”
いま、みることができないと。。。
あー、残念。。。。
次は、階段を降りて、ドノン翼1階に向かいました。 -
巴里見聞録(その16)

ルーブル美術館に行ってきました。観てきました。と、書くのはかんたんだけど、だからなに?ですよね。世界のルーブルですもの。数字で見たルーブルを整理してみました。
■38万点
ルーブルが収蔵している作品数
■3.5万点
実際に展示されている作品数
■810万人
2017年の年間入場者数。うち、510万人、約70%がフランス外から訪問。内訳は、米国(23%) ,中国(8%), ブラジル(3.5%), イギリス(3.5%), ドイツ(3.5%), スペイン(2.8%)。ちなみに日本人の入場者数も年52%増だとか.。多様性が進んでいるんですね。確かに中国人、多かったですもの。
一日平均15,000人が入場。
■216Mユーロ/年
約273.32億円。ルーヴル美術館の2012年度の収入。内訳は、国からの補助金(54%)が1億1,600万ユーロ、自主財源が1億ユーロ。自主財源の内訳は、入場券売上げが5,800万ユーロ、メセナ収入が1,600万ユーロ、所有地運用収入が1,500万ユーロ。小さな発展途上国なみの予算規模
■8部門
中世から1848年までの西洋美術の作品、西洋美術に先立ち影響を与えた古代文明の作品を、8つの部門に分類し展示。8つの部門とは、
1.絵画
2.古代エジプト美術
3.古代オリエント美術
4.古代ギリシア、エトルリア、ローマ美術
5.彫刻
6.工芸品
7.素描・版画
8.イスラム美術
イスラム美術が追加されたことには、政治のにおいがします。だけど、政治と文化は表と裏の関係なのでしょうし。
■60人
ルーブル美術館の学芸員数。2,100人を超える職員(うち、作品保存に携わる職員166人、監視員1,200人・・・)が、作品収集および来館者の受入れに従事。加えて、施設の技術上の保守、館外の警備、ラボ、レストランなどの要員や、文化関連の催しへの参加者など、多くの外部スタッフが働いている。いったい、どれくらいの人がルーブル美術館の中で働いているんだろう。
ルーブル美術館は生き物ですね。1989年のグラン・ルーヴル計画。《ピラミッド》計画。ピラミッドを始めペイ氏の建造物には手を加えず、ピラミッド下のスペース全体を再編成し、ナポレオン・ホールのロジ機能を移動させ、受付、待合せ、見学の準備といった、その元々の役割を再びホールに持たせ、シンプルで分かりやすい受付システムの設置、休憩エリアの増設、美術・文化に関するプレゼンテーションの新ツールなどの設置が行われている様子。どおりで、25年前とは様子が異なるはずです。なので、どうやら、この部屋に、こんな作品があったと言っても、無駄なのかもしれません。時代に応じて適切な場所に適切な作品が展示されるのでしょう。私の旅の思い出も、展示の部門別にまとめてみようとおもいます。
※参考
8,1 millions de visiteurs au Louvre en 2017
ルーヴル美術館の見学を成功させる7つのコツ -
巴里見聞録(その15)
Day2。起床8時。ようやく、体がこちらの時間になれてきた気がします。今日は終日ルーブル美術館の日です。
St Germain des PrésからRue de Bonaparteを歩いているときです。昆虫標本のようにStarWarsのキャラクターのオブジェをディスプレイしているお店を見つけました。Galerie Bettinaという画廊のようです。常設展示というよりも、旬の芸術家の作品を展示しているお店。この界隈、こういう個性的な画廊が並んでいて、ウィンドウをみているだけで飽きません。ネットの世界に飛んで、ここのお店のWebサイトを見ていると本当に面白いです。




この日のパリの夜明けは7時38分くらい。日本に比べずいぶん遅く、緯度が高いところにきていることを実感しました。10時になろうとしているのに、まだ、日が低く、寒かったです。そんな、Pont du Carrousel/カルーゼル橋を渡り、ルーブルにむかしました。Guichets du Carrouselをくぐり、ルーブル美術館に入場。ただ、ピラミッドの前にはもう行列。セキュリティの列でした。




私たちがパリを訪れた2018年は、日仏友好160年。正確には、日仏修好通商条約を締結した1858年から160年。
これを記念しフランス・パリでジャポニスム2018が開催されている時だったので、名和晃平さんの作品[THROME]が展示されていました。

ルーブル美術館のエントランスの構造、25年前とは、かなり変わった印象を持ちました。

荷物を預ける所にあった自動ロッカーも4桁番号を入力しカギマークを押すシステム。と理解し、慣れるまで苦労しました。

一日中ルーブル美術館で作品を鑑賞し続けることは、体力の限界でした。ルーブル美術館には人類万年の歴史が詰まっていますものね。一日で周るのはしょせん無理、無謀。と、反省です。 -
巴里見聞録(その14)

BatoBusは、シテ島を越えたところで反転です。ノートルダム寺院を後ろから見るのは初めてです。後ろ姿もお美しいです。Hotel de Ville>Musée du Louvre>Place de Concorde>Pont Alexandre IIIと進むと、左手にエッフェル塔が見えてきました。川面から見上げるエッフェル塔のほうもプロポーションの優美さが目立ちました。セーヌ川の川沿いでは、皆さん楽しく、それそれ、寛いでいる様子。男と女、iL et elleで愛を語り合う二人、amoir!。ハンモックにゆらゆらゆっれている人、船に向かって手をふってくれるお子ちゃま。フランスの人は人生の楽しみ方を心得ているのかもしれません。あくせくはたらいても、Ce la vie.


BatoBusはSt Germainの船着き場に戻ってきました。

下船し、Rue de Seineを下り続け、Marche St. Germain付近に。おっと、日本にもお店がある、Maison Mulotを発見。外からみると、ここはお惣菜もある様子。お店の中に入ってみました。すると、ありました、ありました。いろんなパテ。パテというと、パテ・ド・カンパーニュしかしらない私ですが、ここのお店のケースには、いろんな種類のパテが並んでしました。マリネ、サラダも悩みます、さらに、パン、そしてハーブティなどなど、おいてありました。結局、ここでは、パンとパテ・ド・カンパーニュそしてマリネを買いました。

Marche St. Germain、いまの世の中はべんりなもの、Google Mapが20:00まで営業しているよと、教えてくれます。私たちが到着したときは、でも、まもなく閉店の時間。お店も閉店の支度をしている所が多かったです。果物、キノコ、魚、肉、コーヒー、お酒など日常品がそろっている、まさに、市場。夕飯の食材を捜したのですが、火を使って、本格的に料理をしないといけないものばかり。

Marche de Saint Germainの一画にM&S,Makrs & Spencerがテナントとして入っていることを発見。ここに立ち寄り、紙コップとレモネードを調達。ワインは却下されました。とほほ。

あれ、ここ、ホテルからすぐ近く?
ホテル前の通り、Rue Guisardeはまさに、食い倒れ通り。通りの右に左に、安くて美味しそうな小さなレストランやビストロが並んでいました。どのお店を満員らしく、お店の中から、食事を楽しんでいる人たちの賑やかな声が聞こえてきました。

この日は、ホテルの部屋の中で、買ってきた食材を椅子の上に載せて、静かな夕飯。
これはこれで、たのしい食事です。
こうして、旅の一日目は、無事終了しました。

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巴里見聞録(その13)

ノートルダム寺院前の広場は寺院への入場待ちで長い列ができていました。これでは、すぐに入れそうにありません。外から見るだけにとどめ、St. Chappelleに向かいました。
St ChappelleはOffice de Justiceの隣。恐ろしく怖そうな形相の警察官がこちらをにらんでいます。それをみたうちの娘さんはフランスのPoliceにはイケメンそろいだなと。

St Chappelleはステンドグラスが美しいから見るべしと、25年前にかったミシュラン緑本にも書いてありました。知りませんでした。それほどきれいなこと。St Chappelleに入場するのには、並びましたね。まず、入り口が共通のPalace de Justiceに入門するため、Boulevard du Palaisにできた列にならび。さあ、入れるぞとおもったら、St Chappelle前で券売とセキュリティの列にならび。幸い、ミュージアムパスが黄門様の印籠よろしく効力を発揮し、途中でチケット購入の列をパスし、入場できました。
1階の礼拝堂には、日本語の解説パネルもありました。それによると、15式のステンドグラスに囲まれた礼拝堂。静かで暗く、えっ、ここが有名なの?確かにステンドグラス一つ一つは美しいけど、それほどでも、というのが、第一印象です。でも、それは誤解。

見るべきは、2階の礼拝堂のステンドグラスでした。
いまどきなので、You Tubeに4K動画を公開している人もいますね。

入り口そばのらせん階段を上りきると目の前に息をのむように美しいステンドグラスが広がりました。設計者の演出が素晴らしいです。13世紀に完成したステンドグラス、パリで最古のステンドグラスだそうです。今時の重機なんか使えもせず、人力オンリーで建立した古い教会。すいぶん苦労して建立したのでしょうね。宗教の力って偉大です。

St Chappelleからノートルダムに戻ってみたのですが、まだ、行列がすごく、今日は入場を諦めました。教会横の庭園を通り、Pont de l’Archevêché・アルシュヴェシュ橋を渡り、BatoBusの船乗り場に戻ました。船乗り場まえのセーヌ川の川縁ではトリオでジャズを演奏しているお兄さん達がいましたね。さすが、芸術の都。

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巴里見聞録(その12)

ChaponからRue de Bacを戻り、セーヌ川にあたり、BatoBusの停船場に到着。
乗り場は、オルセー美術館の真向かい。

私たちの前に切符を買っていたお兄さんは親孝行なアメリカ出身の様子。英語でお母さんと会話しつつ、受付のお兄さんとはフランス語で会話。フランス語も英語も自由に操れてうらやましいかぎり。我々の順番。三人ですといったら、Japanese?と、聞かれました。日本語のパンフレットがもらえるとおもいましたが、期待は外れました。BatoBusは、チケットPass 1 Jourを買えば一日、セーヌ川沿いにある8カ所の停船場で何回でも乗船、下船、OKです。

しばらく、Seine川沿いのデッキ風ステップで待つことしばし。

セーヌ川の上にポッカリ雲が浮いていて気持ちよさそうでした。

船が到着し乗船。けっこう、乗っていますね。側面の方は満席だったので、後方に並んで川向きに着席。
おっと、LA SAMARITAINE。まだ工事中ですね。

オルセー前からノートルダム横まで乗船しました。このアングルでノートルダム寺院をみたのは初めて。プロポーションがいいですね。

ノートルダム前で船からおり、セーヌ川沿いを歩くと、昔ながらの古本屋さんが立ち並んでいます。でも、25年前ほど、古本屋さんに元気がないように思いました。むしろ反対側のカフェがSalon de Théなど、ブランド店ばかりになったのが気になりました。
