
さて、今日は青葉まつりの日。
青葉まつり、本来は伊達政宗公の命日の五月二十四日に青葉神社で行っていたおまつりのはずです。
それが、いつのまにか、鳴りもの、おどりもの、山車まで出る巨大なおまつりに変わっていました。驚きです。
青葉まつりと関係なく仙台の街中をウロウロしていました。ちょうど良いタイイングで青葉まつりとジョイントしました。
朝、これまでいったことのないところに行こうということになり、政宗公のお墓である「瑞鳳殿」に行ってみることにしました。駅前のペデストリアンデッキをあるいていると、市内の観光名所を巡回する専用バスの「るーぷる仙台
」が停留所で待っていました。ラッキーです。なかは結構混んでいましたが、これに乗っていれば、仙台市内名所観光はこれで十分です。瑞鳳殿の前までつれてってくれました。

瑞鳳殿、敷地の中は新緑があふれ静かです。トンビが鳴きながら空を飛び、良い時間が流れていました。一年で一番良い時間ですね。

たしかに、敷地の入り口には、確かに、政宗公法要のお知らせがありました。
瑞鳳殿を出ようとしたところで、観光ガイドさんに止められました。これから伊達家の現当主を迎え御出陣儀式を行うというのです。と、待っていると、お侍さんたちがやってきました。

「おのおのがた、出陣でござる」
と、真面目に、ご挨拶され、伊達の家臣のかたが、殿と三顧の杯をとりかわし、「えい、えい、おー」と、声高らかに気合いをいれ、青葉まつりに出陣されていきました。

さて、仙台は御茶やさんの多い街です。
一番町の「お茶の井ヶ田」さんまで戻ってきたら、美味しそうな抹茶ソフトクリームが目に入り、いただきました。その横には七夕飾りが、良い風にふかれ流れ、七夕飾りも良い感じです。

広瀬通りまで登っていったところで、武者行列と遭遇しました。
かわいい政宗公夫婦がいたり、きれいどころの親善大使さんがいたり、ちょっとした戦国コスプレ大会。

定禅寺通りまで歩くと、今度は、鉄砲隊に遭遇。
「鉄砲隊、まえへ!!」
「かまえ」
「はなて!!」
ずどどど!!!!!
小さな子供は驚いて泣き出すし、いやいや大変です。

前日、宵まつりでは、復興祈願の山鉾が定禅寺通りを練り歩き、宮城もここまで元気を取り戻してきたんだと、うれしい気持ちになったところでした。
五月の連休明け、青葉が繁り、仙台が一番すてきな時期です。良い時期に、いいおまつりができました。また、見に来たいものです。
D’où venons-nous ?
Que sommes-nous ?
Où allons-nous ?
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青葉まつり2013
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新緑の山寺、御開帳ツアーズ

ただいま、仙台の朝です。
久しぶりの仙台なのですが、やはり、勝手知ったるわが街。落ち着きます。
今年のゴールデンウイークはろくに休めず仕事づけで。身も心もボロボロ、腕に発疹まででる始末。気分転換、プラス、会社から永続記念でもらった旅行券を活用し、
昨日、仙台経由で山形の山寺まで行ってきました。
山寺、今年は、御本尊様の御開帳が五十年ぶりにあり、御本尊の如来様に会ってきました。
新緑の山の中を、電車に乗っていき、緑が目にとてもやさしく、清々しい気持ちになりました。
仙山線を使ったのですが、この路線は、秋口に紅葉を楽しめる線なのですが、この時期、新緑をたのしむこともできる線です。ゴールデンウイークがあけ梅雨入りするまでのいまころ、ちょうど初夏のいい天気が続く今頃の節に、学生の頃はよく、ハイキングにきていました。

山寺に到着すると、山寺の全景が目の前に広がります。
私は冬の節に、雪をかぶった山寺が山水画のような濃淡だけの世界になり好きなのですが、この節の新緑の山寺も気持ちいいですね。若い緑がまぶしいです。まだ八重桜に花が残っていました。

ただし、風景を楽しむのもここまで。
御本尊に会うまでが大変でした。駅からお寺まで、参拝のための待ち行列が続いていたのです。山寺に来てこんなに並んだのは初めて、川崎大師初詣並みの混雑ぶりです。人気ありますね。なかなか前に進まないので並びながらソフトクリームをいただきました。

ようやく根本中堂に到着し、御本尊の薬師如来様にご対面。ご本尊様、文殊様、毘沙門天と、日光さん、月光さんに守られ、正面を向かれていました。混雑していてゆっくりお顔を拝見できなかったのですが、りりしい顔立ちだったようにおぼえています。この仏様は平安時代からここにあったそうです。法灯は千二百年消えずに続いているそうです。けっこう、なにげに凄い仏様。仏様の右手からは五色の紐が境内まで伸びていていました。

この紐で、御本尊様とコンタクト。50年後に元気にまたお会いする事を宣言してきました。

参拝のご利益はすぐ、現れました。
境内をおり、おきまりの玉こんにゃくをいただきながら、駅に入ると、特別電車が迎えてくれました。その名も『新緑山寺御開帳号』。昔の特急車両を使った特別列車でした。シートも気持よく、おまけに、途中の作並温泉駅では作並温泉のおかみさんたちに出迎えていただき、芋煮会のお汁を振る舞っていただきました。新緑の中、幸せな気分で仙台にもどってきました。
かたや、仙台ではちょうど、青葉まつりが開催されていました。
その様子は、次にご報告します。 -
さあ、お花屋さんへ行きましょう!

うちの前は、いま、つつじが満開です。
昨日は天気が良かったので、
自転車で近所の園芸店にいってみることにしました。
自転車を運転するのも気持ちいい季節になりました。
そう、道すがら、たくさん、蝶々を見ました。
そういえば、朝も、うちの庭を黒い蝶々が横切っていきました。
近所の園芸店さんは、お花で賑やかでした。

カモミール、これぞ、花という感じ。
そのわりに花言葉は、苦難に耐える、. 逆境に耐えるだとか。
けなげさが、いいですね。

そう、五月にはいれば、母の日の花、カーネーション。
これも元気でした。
ただ、写真にとると赤飛びして、うまく表せません、

かたや、ラベンダーも元気元気。
ちょっと、違った確度で撮ると、街中なのにそうはみえません。

これは、なんという花ですかね?
細かい房からたくさんお花がでていました。

これは、タピアンという花。
サントリーさん謹製のようです。
細かい花が日陰でもキレイでした。



そして、もうすぐすると、紫陽花が元気になる梅雨がやってくるんですね。 -
明日のコミュニケーション
明日のコミュニケーション
佐藤尚之
アスキー新書
週末、2−3時間で読める量の本でした。電通さんがネット上での消費行動モデルを斬ってきた言葉としてAIDMA,AISASが有名ですね。ソーシャルないまの時代時代はSIPS
SIPS
Sympathy:共感する
Idetify:認識する
Participate:参加する
Share&spead:共有
だそうです。
確かにFaceBookやTwitterを使っていると、それ以前とはネットの使い方が違ってきた気がします。以前は、自ら情報を収集することに一所懸命でした。キーワードをおもいついたら、まず、Google検索し、検索し、検索し、まあよくGoogleをつかったものです。そしてみつけたサイトのRSSコレクションこそ自分自身のセレクションと大事にしRSSリーダをつかって購読していました。
一方、Facebookが自分の生活に入ってきてから、Google検索する回数が減ってきたきがしています。自分が興味関心のある情報自身が、そちらから私に接近してくる気がします。受け身に近い感覚です。それでも、それがここちよいのです。
自分とどこか気持ちの通じている友達が紹介してくれる情報はどこか気持ちよく、すぐ共感できます。そして、なんだろうと自分で確認し、ああこういう事なのねと、そう、飲み込みます。おもしろそう、という感覚が湧けば、みずから参画していきます。その結果、たのしかった、おもしろかったという感情の変化を感じると、人というモノはそれを他の人と共有、共感したがるものですね。でSIPSですか。
たしかに。
ソーシャル・キュレーション
そんな命名も、いかがですかね。情報のフィルタリングを、自分と関わるソーシャルネットワーク情報友達にやってもらう。彼らから選別された情報が、自分にとって有用だし、共感しやすい。
私は、ネットワークで連結されたバネ同士が、ある波長の波が来たとき、共鳴するバネ、そのバネが作る波によって、波がもっと大きくなっていく、そのそんな、感覚をもちました。
ホイヘンスの原理というやつですね、一人一人が起こす小さな波が巨大な波に成長し伝搬していく様子です。情報を「波」という概念でとらえるとおもしろいのかしら、屈折、回折、干渉なんていう概念もあてはなるのかしら。そして量子場の風景かな。。。

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Google will terminate Google Reader.

先日、GoogleからGoogle Readerのサービス停止が発表されました。
■Googleが“春の大掃除第2弾”、Google Readerなどの提供停止へ
■だからクラウドは信用できない? Google Reader終了が示した課題
このことでいろいろ考えさせられました。
まず、こまったなあ!でした。
日頃、私自身、いろんなネット上のサイトを歩き回っています。ネットデビューのころは、ブラウザにブックマークされたサイトを巡っていましたが、RSSの便利さを知ったころ、そう、このBlogをはじめたころになりますが、自分のお気に入りサイトのRSSコレクションを作り、Google Readerに登録し、NetNewsWireを使い、Macから、そして最近ではAndroidから利用ています。
毎日、このRSSコレクションを中心に巡回しているので、このサービスがなくなると、自分の効率がおち、非常に困ったことになります。同じ考えの人は、ネット上にたくさんいました。
■Google: Keep Google Reader Running
米国政府にGoogle Readerのサービス停止の解除を申請している人たちもいます。こういう動きをするあたりが米国らしいです。底辺からの民主主義が生きている事を感じました。
そして、なぜ?です。
そもそもGoogleがサービス停止するのか?その背景を気になりました。これも同じく日が経つにつれ、いろいろ事情がわかってきました。
■Google’s decision to scrap Reader influenced by the cost of privacy compliance
■A petition to save Reader on Change.org has nearly 150,000 signatures. That’s clearly not enough.
収益性の問題より、セキュリティ訴訟に関する法的対応へのコストを減らしたいが為にサービスを停止するようです。RSS自体はその名のとおり、公開されたサイトサマリなのに、その先の情報を取得するがためにサイトにアクセスし、収集した情報の扱いについてGoogleが訴訟を受けるケースが多く、その法的対応コストを下げたがっている様子。Googleの生業自体が他人のサイトにアクセスし情報を撮ってくることなのですから必要経費のきもするんですがね。ある意味、これもある意味米国らしいです。なんでも、訴訟の場に持ち込んで解決する訴訟社会の一面を感じました。
さらに、どうしよう?です。
NetNewsWireはGoogleReaderとのSyncが必至なアプリなので、開発元のBlack Pixelはどうするつもりなんだろうとヒヤヒヤしていました。ようやく、彼らから、方針発表があり、もうすでに対応するための開発を進めているとのことでした。また、Diggも代替ツールの開発をはじめているとのこと、ありがたい限り、ホットしました。
■The Return of NetNewsWire
■Digg曰く、開発中のGoogle Reader代替ツールはRSSリーダー「以上」を目指す
最後に、どういうこと?です。
普通の人たちのネットの活用形態が変わってきたことと、RSSのみでは収益性を維持できないということ、かと思いました。まず、活用形態の面からすると、ネット利用は自ら情報を収集する時代から、ネットを使って情報を収集する時代を経て、ソーシャルネットを使って情報自体が利用者に近づく時代に変遷してきているのではないでしょうか?それがためにRSSの位置づけも変わらざるおえないのではないでしょうか?これは私も最近気になり出しました。
また、情報の交換を継続的に維持できるのは、長期的にはやはり個人ベースであり、組織、企業がからんだ形態では、経営、収益というキーワードが幅をきかせてきて、継続が次第に困難になってくる。ということでしょうか?
さらに、Google自身も社風がかわってしまったかなと、感じました。世の中に対し、良いことをやっていれば、生きていけるが社是の一つだった覚えがあるのですが、会社規模が拡大し、いろんな人が入ってきて、米国社会の一員になっていくと、けっきょく世情に巻き込まれ、普通の会社になっていった。
そんなこと、いろいろ、考えさせられました。

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情報は外からやってくる?

大工は、身近な道具にこだわるというか、
コーディング、文書作成でお世話になるエディターには一家言、私もあります。これまで、食わず嫌いせずに、vi,emacsなどのunix系エディターも使ってきましたし、秀丸などWindows系のエディターも使ってきました。
今日は、新エディター、Sublime Text2を使ってBlog記事を書いています。
なかなか快適です。
ただ、このSublimeとの出会いがソーシャル的でした。
実は、このエディター、昨日、ProcessingのFaceBookページに、
「良いみたい.」
という投稿をとおして知りました。
↓
これです。
自分からGoogle検索で探したわけではなく、自分と興味関心の近い人たちとのソーシャルな関係がフィルタリングから自然と私の目の前に現れてきてくれたのです。
とおい昔、シャノンが定義したところの情報科学的な情報量の定義でいうと、起こりにくい事象ほど情報量が多いわけでありまして、私にとってはありがたい機会をいただいたわけです。
ソーシャルネットワークというフィルタをとおして情報と接触し続けていると、情報の方が自ら私に近づいてきた気がしました。
Sublime Text2,早速ダウンロードしてインストールし使ってみました。
先達もいろいろいらっしゃいました。
このエディター、直感的にいいです。
「恋に落ちるエディター」とも言われているようですね。
すでに、Processingようのマクロも用意されていて、なるほど、uxが直感的にいいし、processing用の言語の補完もしてくれます。
今までとはネットの使い方が変わったことを自覚した瞬間でした。

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Lights and Shadow
We Japanese like cherry blossom in spring. Yes cherry tree have full of blossom right now in Tokyo metro area right now. I brought my camera and took few photos at my near small canal in this Saturday morning.
Sun light was magic.
When I took photo. Even I use digital camera, it gives lot of different look to me, it was fun.

When I took cherry blossom to photo arranging blue sky as a background, light gave me a lovely pink cherry blossom impression.

But when I took arranging surface of a water in river as a background, Light gave me a commanding and brisk impression.
One of my friend tell me that using sun light as a wizard wands is the essential technic for photographer.
Yes I agree . -
春が来ました。

今日はお彼岸。暖かい朝、近所の墓もお線香の香りがします。近所の用水沿いに並んでいる桜の様子を見に行ってみました。どうも、今年は開花がはやく、このままつぼみでいるのは、もう我慢しきれなかったようです。写真には残せませんでしたが、セキレイが桜の木の枝の間を、気持ちよさそうな鳴き声で飛び回っていました。静かな朝。
河津桜のように赤みの強いこの桜は、元気にポン。

用水のそばの、この木はもう満開。

午前中の光の中を浴びてこれもキレイでした。

今日のお昼はお花見日和になりそうです。

午後は、近所の和菓子屋さんで、桜餅とおはぎを買っていただきました。
こちらは花より団子。。。 -
PM2.5も他人事でなくなりました。。。

昨日から急にあたたかくなりました。昨日は真夏日でした。
今日は、風が非常に強く、外を歩いていると目にゴミが入りなかなか歩けない日でした。お昼にはもう外に出るのをあきらめて、家の中にこもっていました。
午後2時くらいでしょうか、家の窓から外を見てみると、そとの空の色がいつもと違っていました。茶色いのです。煙霧(Haze)という現象でした。
NHKも取り上げましたが、これにより、成田空港への飛行機の離着陸、JRの電車の運行などにも影響がでました。
今、話題にあがってきているPM2.5が気になりました。
私の住んでいる自治体では環境モニタが進んでおりPM2.5の計測値も一時間毎にホームページから確認できます。日本は都市部といえども国の旧基準値”1年平均値 15μg/m3以下 かつ 1日平均値 35μg/m3以下”を超えるようなことはないだろうと思っていたのですが、自ら確認してみて、現実はもっと厳しいと実感しました。黄色い線が国の旧基準なのですが、けっこう頻繁にこえていますね。現実は、国の旧基準を越える事が普通に起き出しているということでした。まして、今日は、とっても高い値でした。
いま、そこにある危機。
だったんですね。PM2.5もひとごとではありません。
自分の生活環境にもっと注意を払いたいと思います。 -
対決、ビッグデータ 対 サンプリング

IT業界ではBigDataがバズワード化していますね。
IDCも第三のプラットフォームを提唱しその中でビッグデータを取り上げています。
先日読んだ本「統計学は最強の学問か?」でもビッグデータのことにも言及しており、全件探索に意味があるのか?サンプリングし統計処理すればそれでいいのではないかと、書かれていました。
読んでいたときには、「ふーん」だったのですが、頭のどこかに引っかかっていたのでしょう、ふと、ビッグデータ+サンプリングのキーワードでGoogle検索してみたくなり、検索してみると、33万件ヒット.中には、確かに、おもしろいWebもありました。
・データの特性のみに注目した問題設定
・ビッグデータはバズワードか?
・ASCII.jp:“統計の基礎を無視している”Hadoop使いが考えるビッグデータ
・言いたいことはわかる。世の中の無根拠な「ビッグデータ」翼賛のマスコミ
・ビッグデータが“バズワード”から脱せない背景
・ビッグデータを活かせるか?
特に、一番目の宇野さんのPDFを読んでいて、大きいことは良いことなのか?
BigDataは伝統的な統計学は違う、と目覚めました。
Bigdataでやりたいことは、データの固まりを一つに束ね、全体傾向を知り、起こってしまったことを理解したいのではないでしょう。それならば、ランダムサンプリングし伝統的な統計処理に任せればいいです。いわゆるバッチ処理で十分。警視庁捜査一課のエリート集団が捜査本部をたてるような感じですかね。
BigDataでなければできないことは、データがノイズであろうとなかろうと、偏っていようがいまいが、すべてのデータを分類し、クラスタを見つけ、その各クラスタにどんな特性があり、各クラスタが将来どのように動いていくのかを知るために、データを一件一件、しらみつぶしに捜していく、所轄のデカさん的なマイニングにある気がしてきました。
大量のデータを蓄積することと高速に処理することが可能になった今のITのパワーによって、所轄の大きさが限りなく拡大したということでしょうか?